今月の言葉(バックナンバー)

今月の言葉 (2026年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 本日2026年2月28日、晴天を穿つかの如く、眼下に皇居を見る丸ビルの35階サンス・エ・サヴールで、高齢者ケアを支える女性の会の理事会・研修会を開催し、研修が盛会裡の内に終わることができたことを大変うれしく思います。
 研修の講師は、安倍晋三元総理の夫人である安倍昭恵・公益財団法人 社会貢献財団会長でした。この日のご講演は、さまざまな縁に支えられて開催の運びとなったものです。
 その第一は、実は、今から4年前の2022年5月に、当会は、安倍晋三先生にご講演のお願いを申し上げ、ご了承をいただいていたのです。皆さまご承知のとおり、大変残念な出来事で、安倍晋三先生のご講演は実現することができませんでした。
 しかし、この「安倍晋三先生のご講演を実現したかった」という強い思いが、今回の研修への道を切り拓いたと言えましょう。
 安倍昭恵先生がご講演の中で、自然体でお話になる“ご夫婦で共に歩んだ幸せな日々”、“国の柱としての伴侶を支えるという立場でのさまざまな想い”、そして“突然の悲しみ”。どれも心に響くものでした。中でも、「『世界の中心で輝く日本をつくりたい』という主人の遺志を引き継いで、自分ができることは何かを考え、社会貢献に取り組んでいる」というお話に、心打たれたのは、私だけではなかったと思います。
 女性が覚悟を持って、一人で生き、社会貢献に打ち込むという安倍昭恵先生の姿に、それぞれの立場で、介護、医療、福祉、教育に取り組む“高齢者ケアを支える女性の会”の皆さまも自らの生き方を重ね合わせた方も多かったと思います。ご出席者の間から、安倍昭恵先生に当会の顧問の肩書をお送りしよういう意見がまとまったのも、自然の流れと感じます。今後開かれる総会で、皆さまに正式にご報告を申し上げたいと思います。
 2012年に発足した“高齢者ケアを支える女性の会”も早や15年を迎えようとしています。新たな出会いを大切に、共に手を繋ぎ、確かなる一歩を積み重ね、当会はさらに幅を広げ、深みを増して、日本を愛するという領域に、女性の存在を示すために、皆さま頑張ってまいりましょう。

今月の言葉 (2026年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 2026年を迎え、また、1つ年を重ねて心に浮かぶのは、“新しい自分を見つけるために、残された時間を大切に使おう”という思いです。
 まず、発言の場では、場を乱さず、争わず、しかし自分の意見は思いのたけを発言するようにしています。幸い、最後に、「この年に免じて、どうぞお許しください」と発言を括ると、同席の皆さまには大概は笑いの内に受け入れていただけます。
 次に、仕事だけの人生からの脱却を目指しての挑戦もしています。やり残したことを楽しむ人生の探究です。挑戦の一つはお三味線の手習いです。お琴は20の頃から生田流を習い、主人とのお見合いの席では、祖母の勧めで、六段を披露しました。それから仕事に没頭し、数十年ぶりの和楽器への挑戦です。師匠は楽器店の店主に教えられたお琴の先生の門を叩きました。
 この年になると、テレビの音は耳障り、本を読むのは目が疎い。そんな私の耳に心地よい刺激を運んでくるのが、お三味線の音色です。3本の弦が生み出す空間を、一人の時間が緩やかに流れていきます。寂しく、激しく、憂いがあり、美しく女性の心を感じさせるかのように響く三味線の音色を目指しています。
 今この時、国内を見渡し、広く世界に想いを馳せると、決して、安らぎばかりに包まれているわけではありませんが、少なくとも、我が暮らしに、ひと時の潤いを!
 お三味線の師匠にお願いして、“年内には1曲弾けるように”を目指しています。その時には、皆さま、お声が掛かれば、すぐにお座敷にうかがいます…(笑い)。
 2026年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今月の言葉 (2025年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 令和7年も、わずか数日を残すのみとなりました。アッという間の1年でした。高齢者ケアを支える女性の会の歩みを振り返ってみても、8月に、花外楼で行われた総会・研修会で、皆さまと交わした会話、学んだ時間を、昨日のことのように思い出します。
 そして9月には、当会の「10周年記念事業」として、「虐待を受けた子どもたちの支援活動」に取り組む山田多佳子先生に、寄付金をお届けしました。現在は、令和8年2月28日に予定する公益財団法人 社会貢献支援財団の安倍昭恵会長の講演会の準備を進めているところです。
 一方、我が1年を振り返ってみると、激動する社会情勢、逼迫する介護人材の中でも、日本認知症グループホーム協会や介護や医療の団体が連携して、介護現場で働く職員の生活を守るために、国や行政に働き掛けてきました。今、“心を一つにした取組みが、少しずつ厳しい現状に風穴を開ける兆し”を感じます。うれしいことです。
 12月の初旬に開催した「第26回日本認知症全国大会in兵庫」は、まさに厳しい現実を乗り越えたところに待つ希望の光を感じることのできる大会でした。ご参加いただいた皆さま、応援いただいた皆さまに、心から御礼を申し上げます。
 そして、先週は、高市早苗総理にお目にかかることができました。私は、グループホームの現状をお話しいたしました。特に、災害時、在宅で暮らす認知症の方々の緊急避難の場の確保が難しい状況に対して、グループホームが“地域の認知症ケアの核”として解決に向けてアクティブに取り組んでいることをお話しいたしました。
 高市総理は、握手をして大きなエールをくださいました。高市総理のお話の言葉の端々に、高い志と決断力と大きな包容力を感じられました。その姿は、ガラスの天井を打ち破り、天空に広がる青空を目指す姿を彷彿とさせるものでした。
 とはいえ、私たちの介護・医療・福祉・教育の現場には、いまだ、一つひとつ乗り越えるべき多くの問題が残っているのも事実です。しかし、私は、高齢者ケアを支える女性の会の皆さまとともに過ごした十数年を通して、女性は決してか弱いだけではない、「これは決して認めてはいけない」と信じた時には、「長いものには巻かれない」という、男性に負けない気概を持っていることも実感しています。この1年の取組みの中で感じ取ることのできた希望の光を胸に、さらに前へと進んでまいりましょう。
 皆さまよいお年を。2月の研修会でお目に掛かれることを楽しみにしております。

今月の言葉 (2025年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 朔風木の葉を払う候、会員の皆さまには、ますますご活躍の毎日をお過ごしのことと存じます。
 私は、11月27日、山口県下関市で開催された“第36回全国介護老人保健施設大会”に行ってまいりました。まさに、世界の歩み、日本の歩みが新たな時代を迎える中での大会です。
 穎原健大会長の「昭和62年、7つのモデル施設から始まった老健施設は、昭和、平成、令和と時代を駆け抜け」という言葉に、私は、7モデルの一つである老人保健施設希望が丘を設立した父・河﨑茂の想いを改めて、かみしめていました。
 戦前、無医村の病に苦しむ人のため、診療所を開設した父。戦地から帰還した後は、戦後の混乱期の中で地域の人々を救おうと、診療所から外科を中心とした病院を立ち上げました。そこからさらに、精神を病む人たちのために、精神科病院を立ち上げました。そして、行着いたのは、病院では支えきれない認知症高齢者への対応です。その取組みは、ハード面も、もちろんソフト面も試行錯誤を乗り越えての毎日でした。その後ろ姿が、私を、6年後の老人保健施設大阪緑ヶ丘の立上げに、さらには、その後の認知症グループホーム開設に向かわせたと言えましょう。
 老人保健施設は、日本が誇るべき、日本だけの制度です。ある時、私は、「老健施設があるから、年を重ねることができる」という、入所者の言葉を聞いて、我が道に誤りなしとの確信を得ました。
 大会主催者を代表した東憲太郎会長は、その挨拶の中で、概況調査結果に見る老健施設の収支が悪く、赤字幅も増えたことに言及。介護関連団体の連携により、介護現場の声が国に届いて、やっと令和8年4月の介護報酬改定に向けての動きが始まったことを報告されました。
 東会長の「7モデルの一つである穎原大会長の老健が開設されたこの山口県で、第36回の全老健大会が開かれることは大変意味深い」という言葉に、私は、医療・介護変革の原石として歩んだ先駆者たちに、今一度心の内で敬意を表しました。その想いを引き継ぎ、さらに新たな一歩を踏み出してまいります。
 年末のいつにも増して忙しい時期が到来します。高齢者ケアを支える女性の会の皆さま、どうぞご自愛ください。

今月の言葉 (2025年10月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 令和7年10月も月が替わろうという現在、人々の耳目を集める出来事が続いています。まず、第一は、高市早苗首相の動きです。高市首相は、日本初の女性の総理大臣として誕生。アメリカ大統領トランプ氏とともに、大統領の専用ヘリから横須賀基地に、米国海軍250周年記念の式典に出席のため降り立った高市首相の姿は、大きなニュースとして世界を駆け抜けました。
 そして、もう一つ、人々の熱狂ということでは、前述のニュースに引けを取らないのがドジャース大谷翔平選手の活躍です。投打にわたる彼の活躍と野球に掛ける姿勢は、私たち日本人だけでなく、アメリカの人々の心をも魅了しています。
 新聞に目を通しても、テレビのチャンネルを回しても、高市首相と大谷選手の笑顔、笑顔、笑顔の連続です。
 特に高市首相の誕生は、日本の政治の新しい扉が開かれたことを予感させます。来日したトランプ大統領とともに、大統領の専用ヘリコプターから、連れ立って米海軍横須賀基地に降り立った高市首相の姿には、安倍さんから引き継いだ大きな遺産を見る思いがします。
 高市内閣は、もう一人、女性初の財務大臣を誕生させました。片山さつき大臣です。私は、昨日、片山さつき財務大臣にお会いしてきました。お訪ねした大臣のお部屋には日本の国旗が飾ってあり、財務官僚出身の財務大臣にふさわしい一本筋の通った雰囲気を醸し出していました。
 組織は、リーダーによって変わります。そして、高齢者ケアを支える女性会の会員の皆さまは、医療、介護、福祉、教育に取り組んでいます。お互い、決して楽観できる状況ではありませんが、女性リーダーが未来に向かって、確実に歩みを進めていくことで、明るい兆しが見えてくると思うのは、楽観的過ぎるでしょうか。始まったばかりではありますが、真に女性が自由に社会で活躍できる時代の芽吹きを感じます。
 皆さま、さらに前へ!と次なる一歩を踏み出してまいりましょう。

今月の言葉 (2025年9月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 白露の候、涼やかな風が吹いています。涼風の中で思うのは、きょう9月21日が「国際平和デイ」であり、「世界アルツハイマーデー」であることです。
 ご承知のように、「国際平和デイ」は、1981年9月21日、国連が、すべての国、すべての人々にとって共通の理想である国際平和を祈念・推進していくことを宣言。2002年には、改めて、9月21日を「国際平和デイ」として定めました。以来、停戦と非暴力の日として、この日は、すべての国々、すべての人々に敵対行為の停止を働き掛けています。
 一方、「世界アルツハイマーデー」は、1994年国際アルツハイマー病協会の国際会議が開かれ、患者やそのご家族への支援を進めることの宣言が採択されたことにちなんで、制定された日です。9月がアルツハイマー月間であることと併せて、私たち介護に携わる者にとっては、深く心に刻み込まれた日となっています。
 この2つの記念日である本日、私は、いみじくも、炎暑の中8月30日に、大阪・北浜の料亭花外楼で行われた『令和7年度 高齢者ケアを支える女性の会の総会』を振り返っています。文字通り北は北海道の佐藤先生、南は鹿児島の池田先生まで、全国から37人の皆さまがお集まりくださいました。残念なことに、赤井先生は、当日の朝、コロナ感染が判明して、欠席となりましたが、そのお声はお元気でした。
 総会やその後の研修では、久方ぶりで一堂に会した皆さまの若さを保たれる姿に、懐かしさと、安堵と、そして、年を重ねることの素晴らしさを改めて感じました。皆さまのお一人おひとりのご挨拶にも、「先輩方の、年を重ねて、さらに前に進む姿に、勇気をいただいた」という内容の発言が続きました。いずれの皆さまも、まだまだこれから、認知症への取組みをはじめ、広く介護、医療、福祉、教育の領域で、社会貢献している方々です。
 この総会で改めて決議されたのが、世界の紛争地域の子どもたちの平和にも力を注がれ、このたびは本会を卒業され、地域で、あらゆる世代の心のケアを軸に、虐待された子どもたちの支援に取り組む山田多佳子先生に、本会の10周年記念事業として、寄付金30万円をお送りすることです。
 早速、9月8日、東京・新宿区の介護老人保健施設デンマークイン新宿に、山田多佳子先生をお訪ねして、会員皆さまのお心を添えて寄付金をお手渡ししてまいりました。その詳細は、皆さまへお送りした9月9日付けの報告のとおりです。
 世界を見回せば、「世界平和は未だ遥か」の状態に心が痛みます。また、すべての認知症の人の尊厳が大切にされる社会を創り上げるには、さらなる努力が求められています。
 そのような状況の中だからこそ、私たち一人ひとりの一歩を大切に、前へと歩んでまいろうではありませんか。

今月の言葉 (2025年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 蜩鳴く候、今年もまた、8月15日がやってきました。忘れることのできない終戦記念日です。振り返れば、令和6年10月11日には、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のノーベル平和賞受賞が決まりました。そして、私は、奇しくもその5日後に、広島国際会議場で開催した日本認知症グループホーム協会の全国大会の主催者として、大会会場と隣接する原爆ドームの前に立っていました。さまざまな思いが去来しました。
 そして、今年、令和7年(2025年)8月は、終戦80年という大きな節目を迎えています。新聞、テレビが取り上げる話題も、終戦記念日に関係した内容が多くなりました。
 中でも特攻少年隊の話が胸を打ちます。戦争を受け入れるしかなかった状況の中で、若者たちが特攻隊員として、帰ることのない攻撃のために、空港を飛び立っていきました。彼らの残した言葉は、さまざまでした。それぞれの想いを、戦後80年後の我々は、いかに受け止めればよいのでしょうか。
 他方、令和7年のこの夏に立って、現代の若者を見渡せば、8月20日、カンボジアで日本人29人がオレオレ詐欺の容疑で拘束され、日本に送還される姿がニュースで流れています。そのうち3人は少年法の対象となる若者だと報道されています。何と痛ましい、無残なことでしょうか。“教育”が悪いという一言では言い表せない、国の大きなひずみを感じます。
 果たして、政治にしても、経済にしても、社会生活にしても、我々が“世界の平和と幸せを守る強い気持ちを持って歩む背中”を若者たちに見せることができているのか、と自問自答をしています。今、自分は、愛する人たちのため、ひいては、地域、国、さらには世界の未来のために、自己を犠牲にすることができるのか。反省しきりです。
 そうした中で、心に刻まれるニュースが流れました。大阪道頓堀の火災現場の消火活動に携わっていた2人の消防士の殉職です。一人は、20代前半の若い命でした。命を懸けても、進むべき道を突き進む青年の存在に、胸が熱くなりました。
 そして思い至ったのは、自分が生涯の仕事とする介護の現場にも、「高齢者を支え,ともに生きる」という強い信念と深い覚悟を持った老若男女があまた存在しているということです。介護に揺らぎなく、力を注ぐことが、明日の希望に通じていくことを強く願っています。

今月の言葉 (2025年7月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 うだるような暑さが続いています。皆さまいかがお過ごしでしょうか。
 私は、本日7月26日(土曜日)も、仕事をやり切って、“デパ地下”で1週間の食材を買って、帰宅しました。日曜日のみが休日の私にとって、土曜の夜は何物にも代えがたい自分の時間を過ごすことができるひとときです。今晩は、夏の風物詩の一つ、新潟“柏崎の大花火大会”をテレビで楽しみながら、ひとり日本酒をロックで味わっています。
 画面を通して、柏崎の大花火大会の名物、大スターマインが海中空で大きく開き、美しい半円が描かれています。傾ける杯の味わい深いこと。杯は、緑の江戸切子。お酒は兵庫県の銘酒、「龍力 米のささやき」。「米のささやき」は、今では広く認知された“お酒を冷やして飲む”という文化を創った銘酒の一本といわれています。その味わいは、癖がなくて優しいものです。あとに、かすかにメロンのような香りが残ります。
 “あて”は関西の鱧の湯引きと、鱧の卵の含め煮、長崎のからすみ、そして、ゴボウの醤油漬けです。この時期、産卵直前の鱧の卵は特に美味しく、醤油で薄甘く煮たものは最高です。私の大好物であり、料理の腕の振るいどころです。
 ゆっくりと、一人、杯を傾け、この時間を楽しんでいます。
 ただ一点、物足りないのは、ここに主人がいないことです。2人で共にこの時を過ごせていたら、どんなに楽しいことでしょう。

 8月30日には、大阪一と言われる老舗料亭花外楼で、大勢の会員の皆さまの参加を得て、女性の会の総会を開きます。中之島の川べりで、川面を渡る涼風を感じながら、皆さまと乾杯することを楽しみにしております。

今月の言葉 (2025年6月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 今年も、菖蒲花咲く季節が巡ってきました。早や令和7年の半分が過ぎたことになります。しかし、あたりを見回せば、いまだ米騒動は収まらず、介護職員の平均賃金は、一般企業と7万~8万の差があるとされています。決して、介護事業をめぐる状況は好転していません。歯がゆいことです。
 時の移ろいの速さを感じる中で、思い出すのは、今から17年前の6月です。
 2008年(平成20年)6月5日、東京・日比谷公園の野外音楽堂で、当時、今以上に低い介護職の賃金の引上げを求めて、全国老人保健施設協会(当時川合修二会長)と全国老人保健施設政治連盟(河﨑茂初代委員長)が共催で開催した『介護職員の生活を守る緊急集会』でした。
 「介護現場の声を国会に、そして官庁に」と、選んだ集会開催の場所は厚労省の眼下の日比谷公園野外音楽堂だったのです。全国から、3,100人の人々が駆け付けました。集会を応援して、かわるがわる野外音楽堂のステージに上がった国会議員は183人を数えました。
 まさに、その結果は、皆さんがご存じの通り、2009年介護職員等の処遇改善交付金の誕生となったのです。社会情勢を的確につかみ、時代の流れを変える熱いエネルギーに、その集会に職員とともに参加していた私も、心躍る思いがいたしました。
 その中で私が肌で感じたことは、時代を動かすためには大きなエネルギーがいるということでした。先駆者の内なるエネルギーに導かれ、あの3,000の人々の想いが天に向かって、放出され、一つの大きなエネルギーになった時、確かに時代は動いたのです。
 今、まさに、第2の介護職員処遇改善に向けての闘いの時を迎えています。しかし、残念ながら、誰しもが介護職員の賃金の引き上げの必要性を感じながらも、「何かその勢いは、今一つ」と感じるのは私だけでしょうか。
 「時代を動かすのは私たちである」。このことを自覚しなければ、ことは動きません。一人ひとりの思いの強さと、その思いをエネルギーに変えて燃焼させる時が、再び到来しています。
 ここで、一つご報告させていただきます。
 6月24日の公益社団法人日本認知症グループホームの総会で、私は、会長に再任されました。私は今こそ、自分の持てるエネルギーを全開にして、グループホームの先頭に立ち、認知症の人とそのご家族、地域の皆さま、そして職員の安心・安全な生活を守るため、邁進してまいります。
 どうぞ、皆さまも、守るべきサービスは異なれど、介護職員の処遇改善を目指して、エネルギーを全開にして、共に、歩んでいこうではありませんか。

今月の言葉 (2025年5月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 蚕起きて桑を食む季節、皆さま、お元気でお過ごしのことと思います。私は、久方ぶりの休日に、友人5人と二泊三日北海道旅行をしています。仕事のことは忘れて、風薫る緑の中、高速道路を走ります。素晴らしい食との出会い、楽しい会話。本当に気分が開放されます。
 北海道在住の友は、二泊三日の日程のすべてを、前もって現地視察をし、食事もフルコースで試食し、この日の準備をしてくださいました。
 旅行第一日目の今日は、支笏湖の湖畔で「支笏湖チップス」のコース料理を楽しみました。チップスとは、海に下らず、一生を湖で過ごすベニサケ、“ヒメマス”のことだそうです。よく言われる“気になる匂い”は全くなく、絶妙の焼き塩の塩梅の中、脂の乗った、その味わいは、私が初めて体験するものでした。
 食後に車で湖畔を走ると、沿道には、八重桜、ライラック、ツツジ、芝桜、チューリップの花々が、時を同じくして、その美しさを競っています。遠く眺めると、深いブルーに見える支笏湖も、湖水に近づき、実際に手をそっと入れると、冷たく、深い透明度を保っていました。
 夜は、札幌に戻って、カンターを借り切って、絶品のお寿司をいただきました。親方のこだわり抜いた素材と、磨き抜かれた技によって生まれた一品ひとしなに、お酒も深みを増し、会話も進みます。素晴らしい夜でした。杯が重ねられるにつれ、さらに会話が弾みます。仕事の話、社会情勢、子どもの頃の思い出話、等々。杯を傾けることがこんなにも楽しいものか。もっと言えば、お酒の味は、共に飲む相手やその場の雰囲気によって、こんなに違うものなのかとも思いました。
 その流れの中で、「人生の最後に、“おいしかった”と思うものは何か」という話になりました。戦後に満州から引き上げ船で帰国した女性は、日本に着いて最初に食べた「白い塩おにぎり」と、おっしゃっていました。
 一方、私が忘れられない食べものは、終戦後ビルマから戻った父の土産の新聞紙にくるまれた芋飴です。その芋飴は、ビルマ・マンダレーから帰還し、やっと大阪駅に帰り着いた父が、闇市で、まだ会ったことのない娘の私に買ったものでした。一袋1円。初めて会う父が差し出す芋飴を、母の背中に半分隠れながらそっと手を出し、受け取った私。その芋飴の味は、今も忘れることができません。
 2人の女性の、あの時の“塩おにぎり”と“芋飴”の味は、子どもの心に深く刻まれ、世の中がどんなに進化し、周囲にぜいたくなものがあふれる時代になっても、その思い出は鮮明に残り、今日に至っているのです。
 さあ、明日は、ニセコです。

今月の言葉 (2025年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 新たな年度入りを迎えた令和7年4月、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
 私はと言えば、春暁の中で一人、我が来し方を思い返し、改めて生きていることの喜びを感じています。齢を重ねても生きている限り、出合うことのすべては勉強と、刺激を感じる今日この頃です。世界情勢も社会状況も激しく変化する日々にあって、初めて知ることも決して少なくありません。
 その中で、私は、「今が一番忙しい」と、生きる手ごたえを感じています。じっとしていることが性に合わない私にとって、仕事に追われる日々は、まさに望んで過ごす日々と言えます。
 一方、私には、仕事の忙しさの中にあっても、家庭にあってこその大きな楽しみ、喜びがあります。それは孫に食事をつくることです。平素は一人暮らしの私にとって、孫を呼んで、その食事をつくることは、一番のストレス解消です。メニューを考え、つくる時はもちろん楽しさを感じます。でもそれ以上の楽しみは、私がつくった食事に孫が笑顔を見せる時です。
 孫のお気に入りは、ハンバーグ。特に、付け合わせに添えた、畑で収穫したジャガイモをカリカリに揚げたフライドポテトは大好物です。さらに、メニューから外せないのは、昆布、鰹節、煮干しで出汁を取ったおうどん。これも人気です。
 「ばあば、おいしかった」。笑顔とともに発せられるこの言葉が、何よりの生きがいです。孫の成長から受ける刺激が私の心を躍動させます。
 かつて、子どもたちが成長するその姿から、母として大きな刺激を受けまして。そして、今、孫たちの成長は、子の成長から受けた刺激の二乗、三乗となって、私に返ってきています。
 この孫たちが成長して、社会人として暮らす未来が明るい日々であってほしい。そのために、今、私たちにできることは何か。仕事に追われる日々の中から、探っていきたいと思います。
 平成7年度の皆さまとの集いを楽しみにしております。

今月の言葉 (2025年3月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 桜花の季節、皆さまには、お変わりなくお過ごしでしょうか。
 折から、大船渡、今治、岡山等、全国から山林火災のニュースが飛び込んできます。本当に心が痛みます。
 一方、社会に目を転じると、物価の高騰が止まりません。お米に至っては、昨年に比べて2倍という高騰です。お米は日本国民の食を支える柱です。にもかかわらず、残念なことに、この異状な状態に対する、国の実効ある施策はいまだ打ち出されていません。医療・介護・福祉の将来はもちろん、国の行く末が案じられるのは、私だけではないでしょう。我々、日本国民は何を頼りに生きていけばよいのか大きな疑問を感じます。
 その疑問の果てに、私は、幕末の志士や明治の元勲に大きな影響を与えた吉田松陰の言葉を思い出しました。
 「諸君、狂いたまえ」という一節です。
 一見、過激とも思われる言葉ですが、「諸君、狂いたまえ」の前には、上の句として、「狂愚まことに愛すべし、才良まことにおそるべし」の一節が置かれています。
 狂うほどの情熱を思って、常識から飛び出そうと行動を起こす者は、愛すべき存在である。他方、頭だけで考えて理屈を言う者は、行動することがなくおそろしい。端的に言えば、考えるだけでその場にとどまるより、心の中に熱い思いを持って行動せよという意味かと思います。
 確かに、世の中の常識を飛び出すことは、勇気がいることですが、最初の一歩を踏み出すことは大切です。今や、世界も、日本も、大きな矛盾の中に置かれていると言って過言ではないと思います。
 私たち女性の会も、目指す医療・介護・福祉のあるべき姿を守るため、現状にとどまることなく、自らの信じる道を進んでいこうではありませんか。
 患者の皆さま、ご利用者、職員、日本の子どもたちや地域の人々の生活を守るために。

 高齢者ケアを支える女性の会で集い、語り合える日まで、お元気でお過ごしください。

今月の言葉 (2025年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 私は、毎年、年の初めはインフルエンザ等で、寝込みます。1年の疲れが年の初めにどっと噴き出すのかもしれません。令和7年も例にもれず、急性胃腸炎で2日間寝込むことになりました。
 今は、寝込んでいても、家に居ながらにして、ズーム等を活用して仕事ができることは有難いことです。経験のない“平日の日中の我が家”では、私のこれまで知らなかった時間が過ぎていきます。誰もいない応接間では、太陽の光が大きな窓ガラスをとおして、美しい七色の虹をつくり出している光景を目にしました。不思議な気持ちです。
 自宅でゆっくりしていると、この時間が大切だとつくづく思います。いつもは、朝、目を覚ますとすぐに時間に追われ、病院や老健施設、特養、グループホーム等からの報告に目を通し、耳を傾け、現場を飛び回る日々です。馬車馬のような生活。
 この2,3日の体調の変化は、いつもとは異なる48時間を運んできました。仕事と距離を置いたからこそ、“ゆったりすることの大切”さも実感しました。見えなかったことが見えてきます。リフレッシュして、また、仕事に向き合える。“2日間の休日”は、明日に向かっての原動力を私に運んできてくれたようです。
 そうして元気を取り戻して迎えた2月26日は、私が会長を務める日本認知症グループホーム協会の支部長会が開催されました。
 支部長会では講演が二題。一題は、厚生労働省社会援護局福祉基盤課の田中規倫課長が「社会福祉連携推進法人の制度」についてご講演くださいました。
 もう一題は、日本医師会元会長の横倉義武先生が「共生社会を推進するための医療と介護の連携」を、ご講演くださいました。気張らず朴訥とした語り口にも、人間的深みが感じられ、会場の皆さんの心をひきつけていました。ちょうど5日前の2月21日には、横倉先生が日本医師会に就任されて最初の年に創設された「赤ひげ大賞」の第13回表彰式が行われています。「赤ひげ大賞」の命名は、皆さんご存じのように、山本周五郎の「赤ひげ診療譚」をもとに、江戸時代の貧民救済施設の小石川養生所で活躍した小川笙船がモデルです。5人の大賞受賞者と14人の功労章受賞が表彰されましたが、いずれも、地域の医療現場で長年にわたり健康を中心に地域住民の生活を支える医師たちです。
 まさに、横倉先生の医療、介護、地域に掛ける思いを身近に感じることができました。
 こうした、ご講演をいろいろ聞くにつけ、人間最後まで自己研磨が大切だと思う一日でした。
 皆さまも、どうぞお体を大切に、ともに明るい春を迎えましょう。

今月の言葉 (2025年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 明けましておめでとうございます。今年のお正月は大きな災害が起こることもなく、穏やかな天気に恵まれ、大変うれしく思います。
 私は、昨年の秋から散歩を始めて、すでに4,5カ月になります。今日も、家の近くの浜寺公園を歩いてきました。浜寺公園は、日本最古の公園の一つです。かつては“羽衣の松”で名をはせ、今も5,500本の松の緑に彩られています。
 風もなく、1月とは思えぬ穏やかな日差しの中、目の前の運河に目を移すと、20隻近くのカヌーがタイムを競っています。男性は2人乗り、女性は4人乗りのカヌー。男性も、女性も水着の上に、半袖のTシャツにライフジャケット。巧みにパドルを操り、全身でカヌーを漕ぐ姿に、「若いっていいな」と思います。
 私自身は、学生時代のクラブ活動は絵画部。ですから、若い人たちが仲間と共に運動、競技に打ち込む。あるいは、大きな目標に向かって、共に汗を流して、一つのことに挑戦する姿をうらやましく思います。
 いいえ、今からでも大丈夫!私も自分のできる範囲で、新しいことに挑戦しようという気持ちが湧いてきました。
 そして、ただいま、ゴルフの猛特訓!
 主人があれほど熱中し楽しんでいたゴルフには、どんな魅力があるのでしょうか? 私も体験してみようということで、初めてゴルフクラブを握っています。人生に無駄なことはないとはいえ、この年をしての手習いです。
 体力、技術、最短距離で、目指すは今春の初ラウンドです。
 年の初め、皆さまはいかなる挑戦と出合っているのでしょうか?

今月の言葉 (2024年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 皆さま、今年も1年ありがとうございました。令和6年も残すところ数日となりました。振り返ってみますと、令和6年は、辰年の“いわれ”そのままに、龍が天空で暴れ回るような1年でした。元旦に起きた能登半島地震、9月の豪雨といった自然災害、物価高騰、急激な社会情勢の変化等々、想定を大きく超えた激動の1年でした。
 そのような荒波の中でも、我々高齢者ケアを支える女性の会では、7月6日の総会に、元日本医師会会長で世界医師会長も務められた横倉義武先生をお招きして、ご講演を拝聴することができました。また、会員の皆さまの来し方に思いを寄せても、叙勲された方、厚生労働大臣賞を受けた方、その他、介護、医療、教育のそれぞれの領域で、立派な足跡を残された方がたくさんおられます。その方々に、敬意を表したいと思います。
 一方、女性の会として、とても悲しい出来事もありました。わが会の理事である社会福祉法人野の花会の理事長吉井敦子先生が5月28日ご逝去されたことです。平成29年11月に女性の会で鹿児島を訪問した際には、吉井先生自らが先頭に立って、彫刻や絵画が飾られた重厚な建物の内部と介護ロボットを活用した介護の実践の場をご案内くださったことを、今、懐かしく思い出します。
 吉井先生の前向きな一生を思う時、私たちも手を携えて、我が道を力強く前に進んでいかなくてはなりません。
 令和7年は、「復活と再生」を表す巳年です。自然災害から共に立ち上がり、物価高や人材不足を乗り越えて、素晴らしい年を築いていきましょう。
 来春には、皆さまとお目にかかれることを楽しみにしております。どうぞよいお年を!

今月の言葉 (2024年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 立冬を迎え、朝の澄んだ空気の中にも寒気を感じる季節になりました。全国で開催される各学会、大会、研修会で、職員の皆さんの成長を改めて感じる機会も多いと思います。
 そんな日々の中、心に響いた言葉があります。先日、元日本医師会長で、第68代世界医師会長もお務めになられた横倉義武先生とお話をしていた時のことです。
 横倉先生の日本医師会でのお取組みをたどると、副会長2年、会長8年。その間、地元である福岡県みやま市を留守にされて、日本のため、世界のために、激務の日々を過ごされました。本当にお疲れさまでしたと申し上げたいと思います。
 先生のお話は、医療と介護の結びつきについても及びました。医療界も介護界も時を重ねる中で、少しずつ変化していること、そして、その変化への対応が必要になっているという内容になりました。
 横倉先生とお話をして感じるのは、大きな包容力と懐の深さです。人格のすばらしさを感じます。横倉先生に、「そのご性格は昔からですか?」とお聞きしました。すると、次のようなお答えが戻ってきました。
 「いえ、いえ。昔は、仕事のことでは、キリキリカリカリして、周りの人を叱っていました。今の性格は、年を重ねる中で、自分でつくりました」。
 私が「生まれ持った気質というのはどうなのでしょうか」とお聞きすると、「それもあるでしょう。でも、やはり性格は自分でつくるものでしょう」というお話をいただきました。
 横倉先生のこの言葉は、私の心に響きました。そして、改めて、腑に落ちました。
 病院や介護施設は社会の縮図と言えましょう。その中で、多くの専門職、老若男女の職員がいます。変化しつつある医療・介護の中で、その変化に対応するために、それぞれの立場で、あるべき姿を求めて、切磋琢磨しています。
 そうした職員の成長を見つめ、成長の機会や場をつくることは、経営者にとって大きな責務の一つであると思います。そして、その責務を果たすためには、自分自身の内面を生長させていかなくてはなりません。
 横倉先生のお話にあった「性格は自分でつくるもの」という言葉を私自身の糧として、 生涯を掛けて、自分の内面を磨いてまいりたいと思います。

今月の言葉 (2024年10月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 10月の15日、16日、17日の3日間、広島に行っておりました。日本認知症グル-プホームの会長として、第25回日本認知症グループホーム全国大会への出席です。全国から1,000名を超える参加者をお迎えする大会となりました。
 掲げた大会テーマは、「認知症グループホームサミット~これからの「幸齢社会」を語ろう~」です。大会を中心となって企画けん引したのは、大会実行委員長である廿日市野村病院の野村陽平理事長です。若い力の台頭を感じます。
 本年1月には認知症基本法が施行されました。「グループホームが30数年間歩んできた道に誤りなし」とのエールをいただいた気持ちです。さらに、大会の数日前の10月11日には、長く「核兵器の廃絶」と「被爆者の支援」に取り組んできた日本被団協がノーベル平和賞を受賞することが発表されました。まさに、2024年10月という格別の時との出会いの中での大会開催になりました。
 大会の初日の開会式では、私は、日本認知症グループホーム協会の会長として、『広島宣言』をいたしました。我々グループホームが、認知症の方、そのご家族とともに、グループホームの事業者、職員が一体となって、認知症基本法に則り、さらにこの道をまい進するための宣言です。会場からの大きな拍手を受けて、時を得るということ、人との出会いの大切さを感じていました。
 大会中は、忙中閑あり。大会会場の広島国際会議場に隣接する広島平和公園の噴水の前の「嵐の中の母子像」を見て、子どもを守り抜こうとする母の強さと、平和の尊さが再確認されました。
 女性の会の皆さまも、日々のお仕事や、地域での繋がりの中で、それぞれの挑戦をなさっていることと思います。また、皆さまと集い、皆さまと意見交換ができることを願っています。秋も深くなります。どうぞお体に気を付けて、ご活躍ください。

今月の言葉 (2024年9月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 大雨の季節を何とか乗り越え、雷声収む候となりました。皆さまいかがお過ごしでしょうか。
 私はと言えば、この9月、誕生日を迎えました。思えば、この歳まで、元気で、毎日忙しく働くことができることがこんなにうれしいこととは…。
 健康な体に育んでくれた両親に感謝しています。そして、結婚。亡き主人との50年を超える日々の中で築き上げた家庭と4人の子どもにも恵まれ、今の生活があります。心から感謝、感謝です。
 そしてうれしいことに、今年の誕生日には、100本の深紅のバラが届きました。それは、それは見事な花束です。送り主は、介護の領域で、長くお付き合いを重ねてきた方です。我が家を訪れた幾人かの方たちに、「どうぞ私の年まで、元気に長生きしてください」という言葉を添えて、バラの花の“おすそわけ”をいたしました。今後も、母として、祖母として、曾祖母として、さらに高齢者ケアの灯を守る一人の女性として、この道を歩んでまいりたいと思います。
 先日、全国で知り合った「女性会長の会」を立ち上げ、一緒に食事をしました。日本慢性期医療協会の橋本康子会長、全国老人福祉協議協議会の大山知子会長、日本介護福祉士会の及川ゆりこ会長、そして、私の4人です。
 わが国の介護は、介護を支える多くの組織体とその会員の皆さまの日々のご努力で、成り立っています。一人でも多くの女性が、会長となり、さらに前へ!と進んでいこうではありませんか。

今月の言葉 (2024年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 皆さまお変わりはありませんか。毎日うんざりするほどの暑さが続いています。時に40度に近い猛暑に、この暑さは何だろうと思わずにはいられません。10年ほど前には、30度を越えるということが珍しかったような気がします。驚くべき環境の変化です。
 酷暑の中にあっても、お盆迎え、お墓参りをして、ご先祖、両親、主人、妹と改めて向かい合うことができました。
 墓前で、私の胸に、亡き母から聞いた「1本の注射器」の話がよみがえってきました。父が戦地から帰ってすぐの話です。マンダレーの戦場から文字どおり死線を越えて帰国した父茂は、葛城村の人々の願いに応えて、すぐに河﨑医院の診療を再開しました。昼間は大学時代の恩師の手伝いをし、夜は河﨑医院での診療でした。夜中に山道を自転車で往診することもたびたびだったようです。
 当時の農村にあって、医療費の負担は決して軽いものではありませんでした。父の方針で、「ある時払いの催促なし」の支払いでは、診療所の診療は大繁盛でも、河﨑医院のやりくりは非常に厳しかったようです。河﨑医院は2階建てで、1階は5坪の診察室と3坪の待合室、1坪の薬局。2階は、父と母と私の親子3人の住まいでした。
 診療を手伝う母の大きな仕事の一つは、注射器の消毒です。母は炭を起こし、注射が終わるたびに次の患者さんのために、戦地から持ち帰った飯盒を使って、注射器を消毒します。思わず母が、「せめて注射器が1本でなく、2本あれば…」と独り言を言ったそうです。それを聞いた父は、「注射器なら2階に何本かある。だけど、1本の注射器という覚悟を持って、診療することこそが、今大切なことなのだ」と答えたそうです。
 物のあふれる現代にあっても、注射器一本を大切にするという父の教えは貴重です。しかし、父の言葉の奥には、さらに意味するものが含まれていると思います。戦地では、父は、常に、1発の弾丸を込めた銃を携えて、過ごしていました。「1発の弾丸に生死を掛ける」という覚悟の中で、身を守り、帰国を果たした父にとって、1本の注射器への想いは、「日々の医療を我が戦場」ととらえた深い思いに裏打ちされていたのだと思います。
 その父を尊敬し、常に父を支え、家庭と子どもを大切にした「女性としての一生」を思う時、母の笑顔が浮かびます。
 酷暑を越えれば、必ず涼やかな風が吹くことを信じて、皆さま、ご自愛ください。

今月の言葉 (2024年7月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 記録ずくめの猛暑と豪雨、「この先、私たちの暮らしはどうなるのか」。そんな気持ちになる7月でした。その中で、久方ぶりで、皆さまにお会いできたこの7月6日行われた、当会の研修会は心に残るものでした。
 研修会に先立って行われた総会では、今後の会の活動について、私たちができる地域貢献の方向や、研修等について、皆さまと膝を交えて、話し合うことができました。
 研修会となり、元日本医師会長の横倉義武先生(ヨコクラ病院理事長・院長)のご講演となりました。私の記憶に刻まれているのは、横倉先生がご自身の旭日大綬章の受賞のお祝いのパーティーで、バンド演奏をバックに、マイウエイを美事に歌い上げられた姿です。
 この日のご講演は、「地域と共に 今後の医療・介護・福祉の目指すところ」と題して、ヨコクラ病院の礎を築かれたご尊父横倉弘吉先生のお話から始まりました。戦後、無医村に近い村の強い要請に応えて、自らの進路を変えて、地域医療に尽力されたお話は、今日の横倉先生のお姿に繋がりました。ご尊父のお取組みを胸に刻まれた横倉義武先生は、福岡県みやま市で地域に寄り添う医療に取り組みつつ、日本医師会に進出。さらに、世界医師会長を務められた経験から、我が国の医療・介護・福祉の未来を見とおす内容でした。地域から、日本、そして世界へ。先生のお取組みは、限りなく、深く、広いものでした。
 食後の意見交換では、ざっくばらんに、会員の皆さまとお話になる横倉先生を囲んで輪ができました。お優しいご対応の中にも風格が漂い、長く日本をリードされている先生のお取組みが納得できるひと時でした。横倉先生をお見送りした時の、「まだまだやり残したことがあるので、頑張ります」という先生のお言葉に、「私自身こそ、いまだ道なかば、がんばらなくてはいけない」と自らを鼓舞いたしました。
 食事会では、山梨県の介護老人保健施設ハマナスの福田六花施設長(全老健常務理事)に、バンド演奏と歌をご披露いただきました。演奏の合間の、音楽へのかかわり、外科医としてのお仕事、そして、現在力を入れている全国のトレイルランのプロジュースついてのお話に、座はさらになごやかになりました。
 今回の研修で、一点残念だったのは、停電で東海道新幹線が止まってしまい、高屋雅子理事と、小出純子会員が研修会に出席できなかったことです。本当に残念な出来事でした。それでも研修会には、約40人の方が集まり、この日を無事終了することができました。後日、出席された会員からは、「横倉先生にお目にかかり、本当に素晴らしい研修に、参加できてよかった」とのご連絡をいただきました。
 次回研修は、コロナ禍で中断していた「会員施設を見学して、その地での研修」を予定しています。会員の皆さまが力を注ぐ現地に立ち、ともに、明日への歩みを前に進めてまいりましょう。

今月の言葉 (2024年6月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 去る5月18日にご逝去された、わが高齢者ケアを支える女性の会の理事・吉井敦子さまがご逝去されましたことを、ここに改めてご報告し、心から哀悼の意を表します。
 鹿児島の社会福祉法人の野の花会をお訪ねした折に、私たち女性の会の会員を笑顔でご案内くださった吉井敦子理事長のお姿が思い出されます。大きな季節(とき)の移ろいを感じます。
 そして、昨日、6月13日、私、我が歩む道に、一つの区切りを迎えました。
 全老健の常務理事会で、役員退任の挨拶をさせていただきました。全老健の理事になって8年、常務理事になって10年、合わせて18年の長きにわたる全老健とのかかわりでした。
 昭和63年老人保健施設が誕生して36年。私の記憶に残る老健施設は、その前年の昭和62年、老健施設の全国7モデル事業の一つとして認可された、老人保健施設希望ヶ丘の誕生にあります。「希望ヶ丘」は父、河﨑茂が取り組む精神科病院・水間病院の敷地内に、認知症高齢者を対象としたモデル事業としての発足でした。
 平成元年には、老健施設の全国組織として、社団法人全国老人保健施設が発足。皆さまご承知のとおり、公益社団法人となって、今日を迎えています。
 その間、2度にわたる協会移転を経て、全老健は、全国の老健施設の声を集約して、国の施策にも提言してきました。特に思い出すのは、平成20年6月5日、東京都千代田区・日比谷公園の野外音楽堂で開かれた「介護職員の生活を守る緊急全国集会」です。
 この集会には、全国から老健施設関係者3,000人、介護職員処遇改善に賛同した国会議員が与野党を超えて約100人を超える大集会となりました。その熱気たるものは、参加した私の胸を大きく打ち今日までの私を支えています。まさに、この集会が、現在の介護職員処遇改善に繋がる大きなうねりとなったのです。
 今、18年にわたる全老健の役員を退任する私の胸に去来するのは、組織の中で、争いや分断があってはいけないということです。そのようなことになれば、困るのは、協会員であり、国であり、最も困るのは全国の介護を必要とする高齢者の皆さまたちです。
 健全な組織の中で意見の違いがあるのは当然です。意見の違いは、腹蔵なく話し合い、その考えと思いを互いに理解し、そして、意見を積み上げ、一つになった会員の想いが全国の高齢者のケアを守る方向へと、一丸となって進んでいくことこそが、組織の大きな役割であると、信じてやみません。

今月の言葉 (2024年5月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 紅花栄えるこの季節、皆さまいかがお過ごしですか。私は、5月の吉日、“貝塚市木積の孝恩寺の檀家の一人として、孝恩寺が主催する五重相伝会を受け、無事に終了したこと”を、京都東山の浄土宗総本山の知恩院に、報告し、お礼を申し上げてまいりました。
 五重相伝会とは、浄土宗の教えの神髄を伝える大切な法会です。10年に一度開かれます。このたびの五重相伝会は5月1日から5月6日。朝8時から夕方5時まで、孝恩寺で、念仏を唱え、ご住職の説法や浄土宗の宗祖・法然上人が説かれた信仰の道についてのお話を聞く毎日を過ごしました。法然上人は、平安の末期、それまで貴族中心であった仏教を、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば、身分にかかわらず万人が救われると説かれました。五重相伝会への参加は、まさに仏の入口に導かれたものと、光栄に思います。
 五重相伝会の参加者は、20歳の若者から私のような年齢を重ねた者まで、老若男女合わせて50人ほどです。私は、長女と次女とともに参加しました。五重相伝会を終えた私たち50人は、南無阿弥陀仏をご縁として、『六空の会』を結成。この日、バス2台に分乗して、浄土宗総本山の知恩院に向かったのです。
 知恩院は1175年に法然上人が草庵を結び、念仏の普及をはじめた地です。江戸時代には徳川家康が自らの菩提所として定め、寺領を広げました。以来、徳川家の菩提所として、現在の本堂や三門、伽藍が造営されました。
 広大な敷地の中に荘厳な姿を見せる知恩院は、脈々と法然上人の御心を伝えています。そして、令和6年は、浄土宗の開宗850年に当たります。その記念すべき年に、木積の孝恩寺の五重相伝会を体験し、その報告とお礼に知恩院にお参りできたことを大変うれしく思います。何よりも、世の中につらいことがあっても、見方を変えれば、救われるという強い確信を抱くことができました。また、この修行を通じて、父がよく言っていた「極楽も地獄も心の中にある」という言葉の真意に合点がいきました。
 知恩院から家路に向かう『六空の会』の皆さまに、私は、このたびの五重相伝会のまとめ役として、「これからは、“五重”で同じ時を過ごした縁を大切に、ともに、木積という素晴らしい故郷のまちづくりに力を尽くしてまいりましょう」とご挨拶しました。

 7月6日の横倉義武先生をお招きしての研修会で、皆さまとお目にかかれることを楽しみにしております。

今月の言葉 (2024年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 新しい年度となり、きょうもまたあわただしい一日が過ぎていきました。年を重ねるほどに、忙しさが増して感じられるのはなぜでしょうか。きっと仕事を拾って歩いているのだと思います。
 しかし、この忙しい中にあっても、いえいえ、この忙しさの中でこそ、心が癒されるひと時があります。
 一つは、孫の顔を見る時。特に、9番目の孫に当たる、小学校2年生になったばかりの女の子と過ごす時間は格別です。いくら忙しさに追われている中にあっても、訪ねてきた孫の顔を見て、孫のための食事をつくる時は、疲れもどこかに行ってしまいます。まさに、何にも代えがたい充実のひと時です。
 今一つ、私の心を癒してくれるのは、我が家の内を彩る花々です。毎週月曜日に生花店から届く花を、私は、玄関をはじめ家の中の3カ所に用意した、ガラスの花瓶に活けます。黄色のエニシダ、ピンクのユリ、白のストック、オレンジのガーベラ、グリーンの葵の葉等々。 物言わぬ花々が、どうしてこれほど、心を癒してくれるのでしょうか。私は、「かわいいわね」、「今日もきれいね」などとつぶやきながら、2日に1回、花瓶の水を替えます。
 そして、花瓶に活けて4,5日が経ち、やや勢いを失った花々を、20センチほどに切りそろえ、今度は、高さ15センチほどの、茶席用のグリーンの水差しに、挿し替えます。花々はその立ち位置を見事に変えて、再び我が家を訪れた当時の生命力を取り戻します。そのたくましさ、生きようとするいじらしさ…。花々の生命力は、私の明日の暮らしの活力の源です。
 その花々に、毎日声を掛けながら、一人豊かな時を過ごす私に、今晩も訪ねてきてくれた孫から、うれしい声が掛かります。「ばあば!今日の夕ご飯は何をつくってくれたの?」
 年を重ねて、忙しい一日の終わりに、花々と孫に疲れを癒される。この日々に、心から感謝しています。
 新年度を迎えて、高齢者ケアを支える女性の会の皆さまも、さぞかしお忙しい毎日をお過ごしのことと思います。その忙しさを元気に超えて、再びともに学ぶ機会を持ちたいと思います。その時を楽しみに!

今月の言葉 (2024年3月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 例年に比べて寒さが続く今年の弥生ですが、やっと各地の桜の開花の時期が話題になっています。その中にあって、思い出すのは母のことです。母・河﨑ヒサ子が亡くなって、もうすぐ1年になろうとしています。母は、昨年4月1日に、満開の桜の下、桜花の花びらが散る如く、100歳6カ月の寿命を全うして、穏やかに旅立ちました。
 母は、とても優しい、“昔の日本の女性”の鏡というべきひとでした。舅、姑に仕え、忙しく仕事に追われる夫に、自分の時間の流れをぴたりと合わせ、父の良き伴侶として、夫の一生を支えました。また、私たち子どもにとっても、限りなく優しい母でした。わが子のしつけに手をあげたこともなく、子どもの枕元を通ることさえ決してしない母でした。昔の女性の美徳ともいうべき、穏やかな、優しい、愛情あふれる母でした。それは、戦前の日本にあって、実の父、母から、女性の生き方を教育され、その生き方を素晴らしいこととして、自らの一生を歩んできた母の姿でした。
 一方、こうした母から生まれた私は、4人の子どもたちに言わせると、「とても厳しく、こわい母」でした。確かに、子どもたちが勉強をしなかったり、言うことを聞かなければ、手が飛ぶこともありました。あの母から、どうして、私のような女性が生まれたのか不思議に思います。
 そんな私が、孫については、限りない愛おしさを感じます。娘が孫に、声を荒げたりすると、無性に腹が立ち、強い口調で娘をたしなめる“祖母”です。
 先日、娘が仕事で家を留守にして、小学校1年生と5年生の孫娘が、我が家に泊りにきました。翌朝、私は、小学校に向かう孫たちを、駅まで送りに行きました。小学校1年生の孫娘は、背中いっぱいのランドセルと、大きな道具袋を携えて、駅の階段を上っていきます。その後ろ姿が愛おしくて、心配で、思わず、駅の階段を駆け上がって追いかけた自分にびっくりしました。
 年を重ねたからこその新たなものの感じ方、感情が生まれることがあるのだと、改めて納得しました。皆さまは、このような経験はありますでしょうか。
 “年を重ねる”ということでは、私は、本年5月1日から、貝塚市木積にある孝恩寺で、「五重相伝」を受けることになりました。孝恩寺は、その本堂は釘無堂と呼ばれる国宝で、内倉には、重要文化財の仏像群が安置されています。
 このたび私が受ける「五重相伝」とは、6日間お寺に通い念仏をあげ、お説教を聞いて、修行を行い、浄土宗の教えを学ぶことです。今年の孝恩寺の五重相伝は11年ぶりに開かれるもので、50人の檀家が参加します。私は先日五重相伝の発起人を務めるようお話をいただきました。
 6日間で、どのような悟りを開くことができるのか。
 皆さまにご報告をしたいと思います。

今月の言葉 (2024年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 昨年末以来、息つく暇がないほどの多忙な日々が続く中、2月22日23日と、1泊2日の“小旅行”ともいえる時を過ごしました。行先は佐賀県。日本認知症グループ協会の佐賀県支部主催の、介護報酬改定にかかる説明会への出席です。支部の皆さんが、温かく迎えてくださいました。
 初日の説明会が終わり、翌23日は、佐賀県の地を案内いただきました。
 私は、日本認知症グループホーム協会の会長に就いて以来、会員増強や介護報酬改定等の説明会、さらには、支部会員との意見交換のため、北は北海道から、南は沖縄まで、全国を駆け巡ってきました。その中で、佐賀県は、私がいまだ訪れたことのない唯一の県でした。そして、この日、私は佐賀県のすばらしさを、体験することができました。
 その一つが、前面は玄海灘、東は松浦川を望む唐津城。砂浜と松原を背景にした唐津城の姿は鶴が空を舞う姿にたとえられ、別名舞鶴城と呼ばれています。その礎は今から500年前に築かれています。長く続く歴史の一線上に、まるで私自身が立っているような、大いなる時に抱かれた心地よさを感じました。
 食も楽しみました。採りたての“呼子のいか”は、まさに海の幸というべきものです。そして、味わい深い“佐賀牛”も、堪能いたしました。
 さらに、“焼き物日本一”と言われている佐賀県の魅力との出会いもありました。有田焼、伊万里焼、唐津焼、鍋島焼等々。これらの焼き物と出会い、「土に恵まれ、優れた技術を持つ陶工に恵まれて、よき焼き物が生まれること」が納得できました。特に、大きな窯元を訪れた時に、たくさん並んだ器の中で、私の目を奪ったのは、唐津焼の器です。柿右衛門作の器を手に取った私は、その器に引き付けられ手放すことができなくなりました。
 この器には、いったいどんな料理が似合うのでしょうか。実際に料理し、盛り付けるその瞬間が、待ち遠しくなりました。鍋島藩といえば、そうそう、“鍋島藩のお姫様”といわれるシスターが聖心女子大学にいらっしゃいました。在学中にはいろいろお世話になりました。
 皆さま、春はもうすぐそこまで来ています。お目にかかれる日を楽しみにしております。

今月の言葉 (2024年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 皆さま、新しい年をいかがお過ごしでしょうか。
 「辰年は荒れる」という言葉もあるように、本年は1月1日には能登半島地震、続いて羽田空港では、旅客機と災害支援の自衛隊機が衝突するという、心が痛む出来事が続いています。
 令和6年を走り始めた私も、静かな生活を送るというわけにはいかず、忙しく大阪と東京を往復する生活が続いています。時に、公の場で難しい交渉に当たることもあります。ある時には、理不尽と思う結果となることもあります。「なぜ、こんなことが許されるのか」と、悔しくも思い、「今までの行動は何だったのか」と、落ち込むこともあります。
 しかしながら、「ここまでやれたことがプラス」と考えると、それまで見えていた景色は180度大きく変わります。
 人間は心の持ち方一つで、その後の事態をよくも、悪くも変えることができるということを経験しています。ひどく落ち込むようなことがあった時こそ、それをいかに乗り越え、今後の自分にとってプラスにするか。もっと言えば、一見マイナスと思える出来事も、発想の転換で、次の飛躍の大きな原動力にするということだと思います。
 「傘寿を超えてこそ知る」。人生いくつになっても変わることができる、変えることができるのだと勉強させていだいています。
 この荒れる辰年にあればこそ、我が1年を、空に高く、大きく、舞い上がる飛翔の年にしたいと思います。
 皆さま、どうぞ今年も1年よろしくお願いいたします。

今月の言葉 (2023年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 12月初旬のある朝7時半過ぎに、東京・千代田区紀尾井町にある清水谷公園を、一人散策しました。仕事の関係で東京に頻繁に宿泊するようになって10年以上が過ぎますが、いつもホテルと仕事の往復のみの日々。その日は、ここのところ力を注いできた行事や仕事も全て終わってひと段落。そんな私にとって、初めてともいえる東京都内の朝の一人散歩となりました。
 国会議事堂近くに位置する紀尾井町は東京の中心といっても、江戸時代にあっては、紀州徳川家、尾張徳川家、そして井伊家の屋敷が集まる一角で、自然を残した静かなたたずまいを保っています。かつて、この地にある谷に清水が湧き出ていたところから、清水谷公園と名づけられました。現在は、人工の湧水を引いた心字池があり、あたりは、イチョウの大木が黄金色に装い、モミジは濃淡のルビー色に染め上げられ、文字通り錦を織りなしています。
 公園内にある、明治11年に暗殺された大久保利通公をしのぶ『哀悼碑』、区民にお茶室として開放されている『偕香苑』。いずれも私の目を楽しませてくれます。風によって階段に吹き寄せられた枯葉を、中学生でしょうか、子どもたちが一所懸命掃き集めている姿にも清々しさが感じられます。通行人が階段を通る時には、箒を持つ手を止めて、少し脇によって、道を譲ってくれました。日本人であることのうれしさが込み上がってきます。
 この日の朝の散歩の仕上げは、定宿としているホテルのガーデンレストランで朝のバイキング。好物のオートミルをオーダーして、おいしくいただきました。
 気が付いてみれば、いつも息を抜く暇もなく、迫られる時間の中で、走り続けてきました。特にこの1~2年は、悲喜こもごもの出来事に出合いながらも、国との交渉の場にも立ち、わが法人の経営現場、介護現場にも立ってきました。高齢者ケアを支える女性の会の10周年記念研修会、感謝の会も、皆さまのお力を得て、盛会のうちに終わることができました。この道に、まったく悔いはありません。
 ただ一つ思うのは、どのような時にあっても、この“朝散歩のひと時”を楽しむ余裕を持っていなければいけないということです。その心のゆとりが、新たな年に待ち受ける大きな壁を超える原動力になるはずです。
 そして、高齢者ケアを支える女性の会の皆さまと、またお会いしてともに過ごすひと時を楽しみに、日々を重ねてまいります。
 皆さまよいお年を。

今月の言葉 (2023年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 朔風木の葉を払う季節の中、11月25日の夜は、文字通り今季一番の寒さとなりました。にもかかわらず、新幹線で大阪の自宅に向かう私の心は、熱い思いであふれていました。「高齢者ケアを支える女性の会」の10周年記念研修・感謝の会を無事に開催できた喜びです。コロナ禍で3年遅れの10周年記念でした。
 藪中三十二先生をお迎えしての記念研修、そして、これまで研修の講師をお引き受けいただいたり、女性の会を応援してくださった皆さまをお招きしての感謝の会。ともに、心に刻まれる出来事でした。そして、何よりの喜びは、医療・介護・教育と、それぞれの分野で活躍なさっている会員の皆さまと、久方ぶりに直接に顔を合わせて、10周年を喜び合えたことです。
 思い起こせば、当会の始まりは、平成23年1月27日の大阪ロイヤルホテルでの発起人の顔合わせ会でした。同年7月19日には東京で、第1回理事会を正式に開催することができました。それから13年、現在、高齢者ケアを支える会の会員は、50人を超えています。これもひとえに、皆さまのこの会に対する期待と情熱が為せることと、感じています。
 当会は、設立趣旨に「原始女性は実に太陽であった」を掲げました。これは、明治44年、女性評論家の平塚らいてうが、雑誌『青踏』の発刊に寄せた一文です。当時の女性を月に例え、女性に、自らが光を放つ太陽に回帰することを呼び掛けたものです。
 現在は、生きづらい、大変な世の中ですが、高齢者ケアを支える女性の会は、この一言を胸に一致団結して、高齢者と未来を担う子どもたちのために、明るく、力強く進んでいこうではありませんか。
 10周年記念研修・感謝の会にご出席できなかった方とも、現在計画している春の講演会で、お目にかかれることを楽しみにしております。

今月の言葉 (2023年10月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 秋が深まる中、過ぎ去ろうとする10月を振り返ると、忙しい中にも、心に残る新たな出会いが浮かび上がってきました。
 9月の「今月のことば」でご報告したとおり、私は傘寿を迎えました。大阪府の水間に生まれ、80年の時を重ねて、さまざまな時と出来事に出合い、さまざまな方々と出会いに恵まれました。
 先日のグループホームの全国組織の25周年記念大会では、皇族をお迎えし、お言葉をいただくことができました。また、本年が認知症基本法成立の年であることも相まって、大会には、政界、官界、介護・医療の全国組織のトップの皆さまが、来賓として出席し、あるいはビデオレターを寄せてくださいました。グループホームを支える全国の皆さまと心を一つにして得たこの結果を、天からの贈り物のように感じております。
 この高齢者ケアを支える女性の会についても、改めて思えば、本当に会員の皆さまお一人一人と不思議なご縁で結ばれています。全国それぞれの地で、介護・医療・教育に力を注ぐ皆さまと、ともに過ごした10年を超える日々。そして、今、新たな会員の皆さまとのご縁も生まれています。
 今の心境は、「気がつけば傘寿。けれどまだまだ、この道は続く」ということです。私が思うのは、人は最後まで、新しい出会いを重ねながら、歩んでいくのだということです。それを楽しみにしつつ、ともに同じ道を歩んだ人の想いを胸に刻んで、日々、前に進んでいきたいと思います。
 では、皆さま1Ⅰ月25日にお目にかかりましょう。

今月の言葉 (2023年9月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 この9月27日、おかげさまで、私も傘寿を迎えました。
 例年であれば、誕生日の私の傍らには、主人から送られた真紅のバラの花のプレゼントがありました。しかし、主人が亡くなって1年余り、それは望むべくもありません。寂しくないといえば、強がりになってしまうでしょう。
 ところが、今年は、それに代わって、仕事仲間からバラの花束をいただき、祝っていただきました。
 この年になって、主人を失った今でも、これだけ心が安らぐ、感謝に満ちた誕生日を迎えることができるとは、思ってもみませんでした。真剣に話せる仕事仲間がいてこそだと思います。
 また、令和5年9月27日は、介護給付費分科会で陳述人として、ヒアリングを受けた日でもありました。数日前から準備を重ねて、迎えた5分間です5分間に語る言葉は、仲間が準備のために、真剣に考え、動き、全国のグループホームの皆さんの意見を聞き重ねての結果です。介護給付費分科会での意見陳述も、今年で4回目を迎えました。緊張会は変わりませんが、会を重ねるごとに背中を押してくださる皆さまの力が大きく、深く結集していくのを感じます。
 いつも我々は同じ思いで、高齢者、ご家族ともに喜んでいただける仕事に情熱と誇りを持って、日々仕事をしています。
 このことは、私のライフワークとして、人生の糧となるものと信じます。
 これからも、家族と友とともに歩んでいくことを楽しみながら、思いやりながら、年を重ねてまいりたいと思います。
 10周年記念研修会・感謝の会では、高齢者ケアを支える女性の会の皆さまと、お迎えする来賓と、ゆっくり語り合えることを楽しみにしております。

今月の言葉 (2023年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 暦は秋とはいえ、相変わらず今まで経験したことのないような酷暑が続いています。皆さまにお変わりはありませんか。
 私は、ふと思いたって、小学校の時の夏休みの絵日記を出してきました。すると、何とそこに書き込まれた温度は、今年平成5年と比べると10度も低い数字でした。これで、地球温暖化を事実として実感することができました。
 この猛暑、酷暑の日々に対応すべく、私どもの病院、施設、事業所でも、冷房の温度に細かく気を配ったり、また、面会や接遇に、気を使っています。コロナが2類から5類になったからと言って、まだまだ、職員の健康管理やご家族の面会への配慮を怠ることはできません。
 そのような状況の中ではありますが、先日私は気の置けない仲間と一緒に、五所川原のねぶた祭に行ってまいりました。東北とはいえ、その暑さは猛暑そのもの。その暑さをはねのけるように、立佞武多(たちねぶた)特有の「ヤッテマレ! ヤッテマレ‼」の掛け声の中、爆破する地元のエネルギーは、圧巻でした。そして見守る私たち見物客にも、そのエネルギーは伝播して、熱気あふれる宵となりました。だからこそ、その日の夜、宿の温泉で味わったつかの間の静けさは、何とも貴重なものとなりました。
 そして、今、私は、9月に予定される、厚労省の審議会・介護給付費分科会のヒアリングに向けて準備を始めています。例年に比べて、ヒアリング時間は短く設定されています。その中で、日本認知症グループホーム協会の会長として、全国の会員の皆さま、グループホームにかかわるすべての皆さまの気持ちを、しっかりと国に伝えるきることができるか。まさに、今が力の注ぎどころと考えています。
 まだまだ暑い日が続きます。どうぞ高齢者ケアを支える女性の皆さまは、ご自愛しつつご活躍ください。11月の10周年で、お目にかかれることを楽しみにしております。

今月の言葉 (2023年7月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 主人が亡くなって、早や1年が過ぎようとしています。
 未だに、亡くなったとは思えず、いつも一緒にいるような思いで過ごしています。違いを感じるのは、洗濯や、食事の準備の時です。2人分が1人分になったことで、体力的には余裕ができました。でも、心の悲しみは癒えません。
 一周忌のことを『むかわり』と言います。なぜ、一周忌のみを『むかわり』というのか。一説によると、故人は、その死出の旅路では、13人の仏さまに導かれるといいます。それぞれの回忌には、それぞれ違う仏さまに出会い、導かれ、学びを深めていくそうです。そして、一周忌に出会う仏さまが勢至菩薩です。この勢至菩薩さまは、故人の臨終の時にも迎えにきてくださる仏さまの一人です。臨終の時にきてくださった仏さまが、一周忌にも迎えてくださることから、無代わり、「むかわり」というそうです。主人は、勢至菩薩さまから、どのようなお話をいただくのでしょうか。
 それにしても、年忌とはよく考えられたものだと思います。今は、生前、主人が好んで聴いていたショパンの曲を楽しみながら、ほっとした時を過ごしています。人間の悲しみは、年忌を迎える中で、さまざまな心の葛藤を経て、形を変えていくものだと思います。
 私も、悲しみは悲しみとして、為すべきことに立ち向かっていかねばなりません。先日は日本認知症グループホーム協会の総会があり、6期目の会長として信任されました。これも皆さま方のご支援の賜物と、感謝いたしております。
 医療、介護、福祉は、一人の人間がこの世に生を受けて死に至るまでの一生を支える何事にも代えがたいものです。人間にとって、社会にとって欠くことができない制度です。そのことに携われることの意味をしっかりと心に刻んで、この夏を、越えていきたいと思います。
 どうぞ皆さま、ともにこの夏を乗り切って、涼やかな風の季節を経て、お目にかかりましょう。

今月の言葉 (2023年5月, 6月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 梅の実黄ばむ季節、いつもに増して忙しい日々が続きます。皆さまいかがおすごしですか。
 5月に、コロナウイルス感染症が2類から5類に引き下げられたとはいえ、現実には、いまだ特養やグループホームではコロナの発生が見受けられ、まだまだ油断できない状況が続いています。それでも、梅雨の晴れ間のひと時、庭に出てみると、紫陽花や、白、赤、ピンクと色鮮やかなカラーの花が、私の心を癒してくれます。
 現在私は、日本認知症グループホーム協会の会長として、介護報酬改定に向けて、老健、老施協とともに3団体で、あるいは介護11団体として、一つになって、国に介護現場の現状を訴えることを役目として、頑張っています。
 新聞等の報道では、財務省の財布のひもは固いという予測ではありますが、さりとて、介護現場が財務省の考えをそのままに受け入れられる状況にはないことは、介護施設・事業経営に携わる皆さまの一致したお考えと思います。重いお役目に、気の休まる暇もありません。
 そのような中、気の置けない友人とともに、山口県長門湯本温泉の大谷山荘でひと時を過ごしてまいりました。大谷山荘と言えば、7年前に、安倍首相とプーチン大統領の日ロ首脳会談の舞台となった宿です。温泉につかりながら思うのは、時の流れの重さでした。
 私たち高齢者ケアを支える女性の会の歩みを時の流れでとらえれば、発足以来12年が経過しました。コロナ禍で延期していた十周年記念研修・感謝の会も本年11月25日開催と決まりました。先日、会員の皆さまにご案内をお送りしたところ、すでに何人かの方から、「楽しみにしています」というお返事をいただきました。うれしい限りです。
 記念研修の講師は、元外務次官の藪中三十二先生です。広く深い先生の国際的視野に裏打ちされた研修は、私たちが、今後世界とどのようにかかわりながら、わが道を歩んでいけばよいかという重い命題の学びの場になるものと考えます。

 カラーの花言葉は、「華麗なる美」、「乙女のしなやかさ」そして「清浄」。
 女性がいくつになっても、心の内に秘める思いではないでしょうか。忙しく、厳しい仕事の日々にあっても、自然の中に身を置き、心、日々新たに、目的に向かってまいりたいと思います。

今月の言葉 (2023年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

謹んでご挨拶を申し上げます。亡き母ヒサ子の通夜葬儀の折には、
 皆さまからお心のこもったお花をいただき、心より御礼申し上げます。

 令和5年4月1日、母は、父と妹が待つ彼岸に向かって旅立ちました。生を受けて齢を重ねること100歳と8カ月。孫やひ孫に囲まれて、大往生といえる旅立ちでした。
 母は、大正の時代に生まれ、昭和の大戦の最中に、出征間近かの父と結婚。結婚後僅か8カ月で、身重の身で、父を戦場に送り出しました。以来3年、夫と遠く離れて初産をし、留守を守った母は、優しくも芯のしっかりした女性でした。
 ビルマの戦場で過酷な日々を過ごす父の懐には、母からの手紙と、出征後生まれた私の生後19日目の写真と、母に抱かれた生後6カ月の写真が深くしまわれていました。
 別れは3年間続きました。父の無事帰還後は、互いに空白の時をうめるかのごとく、本当に仲の良いうらやましい夫婦の姿がありました。
 今年、令和5年は、ちょうど父の13回忌を迎えます。父が亡くなって3年間は、母の涙の乾く暇はありませんでした。そこから立ち直っては、好きな俳句を楽しんだり、孫やひ孫の成長を楽しみにする日々でした。
 その一生は、昭和の女性として、舅姑、夫に仕え、子どもに尽くした一生でした。陰で支えることの喜びに生きた人生でした。今では考えられない生き方だと思います。ただ、皆を支えることに徹し切った母でしたが、その存在感の大きさでは、どなたにも負けないものがありました。
 母が亡くなった悲しみは深いものです。けれども、「失った」という気持ちはいたしません。いつもそばに寄り添って、ともに生活しているという思いが大きいです。
 実は、生前母は、遺言ともういうべきものを後に託していました。
 「私が亡くなったら、お棺の中に入れてほしい」。そう言って桐の箱を預けました。中に入っていたのは、出征中に父と母が交わした何通もの手紙でした。そして、その中に油紙に包まれた、“戦場で父の懐深くあり続けた私と母の写真”が入っていました。
 いかなる困難な時代にあっても、大切な人を想う気持ちはいろいろな形で存在しています。なんともうらやましい夫婦の絆です。
 最後に母の俳句を一句、紹介させていただきます。
  戦場をくぐりし飯盒花一輪

 本当に皆さまありがとうございました。5月13日にお会いするのを楽しみに。

今月の言葉 (2023年3月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 皆さまの見上げる桜木は、今、どのような季節の便りを伝えているのでしょうか。私は、3月24日、新幹線の車窓から様々に咲く桜花を楽しみながら、東京へ。帝国ホテル孔雀の間で行われた横倉義武先生の旭日大授章受章のお祝いの会に出席してまいりました。
 皆さまがご承知のとおり、横倉先生は2012年に第19代日本医師会の会長に就任。8年間、日本の医療の舵取りに大きな力を注いだ方です。2017年には、世界医師会の会長にもなられました。
 祝宴には、岸田総理をはじめとして政界の重鎮が大勢出席した、盛大かつ格調高いものでしたが、一方会場には和気あいあいとした空気が流れていました。
 横倉先生はタキシード姿でしたが、羽織袴もお似合いになりそうな“日本男児ここにあり”という存在感を放っていらっしゃいました。
 会場には、多くの医療関係者をはじめ介護関係団体のトップもご出席で、お祝いのスピーチにも、医療、介護の言葉が並び立って、多くのメッセージが語られていました。まさしく、医療と介護を深い絆で結ばれた横倉先生のお祝いの会としてふさわしい進行でした。
 私の心に残ったのは、若くして結婚なさった奥さまや、お子さま、そして8人のお孫さまに囲まれた横倉先生のお幸せです。横倉先生のお話では、多くの皆さへの感謝とともに、今日まで支えられた奥さまへの深い感謝が語られました。
 心から、今後の横倉先生には、医療界の水戸黄門として、さらなるご活躍を期待したいと思います。
 長い人生にはいろいろなことがありますが、やはり、支えられる“伴侶”との出会いを大切に、家族と周囲の人々と心通わせる暮らしが大切と、改めて思い至った祝賀会でした。
 私たち高齢者を支える女性の会も、心通わせるひと時を、4月にも、設定したいと願っています。その時は、もうすぐそこにきています。

今月の言葉 (2023年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 弥生3月を目前に、今を盛りと梅の花が咲いています。いつもの散歩道から望む絶景です。少し離れたところには、白い枝垂梅が見事な姿を誇っています。隣家から我が家の庭に枝を伸ばした紅梅は、辺りに馥郁たる香りを漂わせています。梅の別名は「春告げ草」です。季節は巡って、今年も春が到来します。
 紅梅の香りの中で、私はある感慨にとらわれていました。それは、今、組織の動きが順調であることにほっとしつつも、心のうちに生まれた一つの反省です。「自分は組織のトップとして、その務めと責任をしっかりと果たしているのか」。トップには「知らなかった」は許されないということです。トップとして知るべきことがきちんと報告されていなかったとしたら、それは、私の姿勢に問題があったからにほかなりません。
 トップたる者は、組織内に知らないことがあってはいけません。たとえ、知らないふりが必要な時であっても、実際には小さなことにも目配りし、状況を正しく把握していなければなりません。そして、片腕となる人、各部門の長には、組織の向かうべき方向や私の思いを言葉に出して伝えること。このことも大変重要と考えます。
 順調な時にこそ、緊張感をもって事に当たらなければなりません。準備をして、根回しをして、皆の考えを把握する。ある時は相手の気持ちを忖度することも必要になってくるでしょう。ともに考え、相談していくことを大切にすれば、必ず歯車はうまく回っていきます。
 順調の状況に胡坐をかいてしまえば、単なるぬるま湯につかっている状態に過ぎなくなってしまいます。長くぬるま湯につかっていると、出るのが怖くなります。ぬるま湯、換言すれば、安定期に胡坐をかかないこと。状況を見通し、必要とあらば、時に、大ナタを振るう。これは組織のトップに求められる絶対条件だと思います。常に改革を進める気持ちを忘れないこと。それは、新たな力を生み出します。
 人を活かす、組織を活性化するための決断と不屈の精神こそが、トップたる者に求められるものではないでしょうか。
 梅といえば、誰でもが思い起こすのが「東風ふかば にほいおこせよ 梅の花 主なしとて 春なわすれそ」という歌。政争に敗れた菅原道真が大宰府に流された時、旅立つ朝に、庭の梅に別れを惜しんだ歌です。「飛梅伝説」によれば、梅は道真の詠んだ歌に応えて、海を越え大宰府の地に道真を追ったとか。だからこそ、梅のもう一つの花言葉は、「忍耐」と「不屈の精神」とされているのです。

今月の言葉 (2023年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 謹んで新春のご挨拶を申し上げます。
 昨年は、コロナ禍ということもあり、私にとっては、本当に長い1年でした。また、多くのことを感じた年でもありました。令和5年が希望の持てる明るい1年になることを切に祈っております。
 しかし、残念ながら、この新しい年も、私たち介護・医療経営に携わる者にとっては、決して平たんな道のりでないことは、周知のことと言えましょう。長きにわたる感染症との戦いは、現実に続いています。繰り返される自然災害。今も多くの皆さまが豪雪の中で厳しい対応を強いられています。
 広く目を転じても、ロシア・ウクライナの戦いの収束はいまだ見えてきません。物価高騰は、国民の生活を大きく圧迫しています。それは、私たち介護経営に携わる者にとっても例外ではありません。
 1月23日に召集された第211回通常国会における総理の施政方針演説には、「高齢者」「介護」への言及はありませんでした。他方、企業に向けて、物価上昇を超える賃上げの実現を求めました。なぜ? という思いを持つのは私だけでしょうか。
 医療・介護は国民の生命と生活を支えるという大きな使命を担っています。と同時に、私たち介護経営に携わる者は、そこで働く職員とそのご家族の生活を支えていくことも大きな責務です。それこそがご利用者の安全を守り切る大きなカギと言えましょう。
 今、令和6年度の“医療・介護・障がい福祉”の同時改定に向けて、さまざまな場での議論が行われています。その中で、私たち高齢者ケアを支える女性の会にできることは何でしょうか。全国で介護、医療、教育のフィールドで頑張る50人の会員の皆さまは、経営の危機をどのようにとらえて、乗り越えようとしていらっしゃるのでしょうか。
 ぜひ、忌憚のない意見を交換し、“明日”が文字どおり「明るい日」となるための方策を探っていきたいと願います。
 新型コロナウイルス感染症も、本年5月8日から2類から5類に引き下げられます。一足早く、桜のつぼみが膨らむ頃には、皆さまと直接お会いして、意見交換会ができればと考えています。
 それまで、どうぞご自愛しつつ、日々をお送りください。

今月の言葉 (2022年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 霜寒の候、我一人コロナと対峙しつつ、病室の窓から見る風景は、いつもとは趣を異にして、寂しげです。今日で9日間。こんなに長期の入院は人生初めての経験です。夜8時にはベッドに。夜中時々目覚め、翌朝5時の起床してからは、ソファーに座わって過ごすのがこのところの日課です。5日目を過ぎた頃からはセキも少なくなり、のどの痛みも楽になりました。あとは体力をつけるのみです。
 とはいっても、“座敷牢”とも思える閉鎖された生活では、食欲とは無縁です。カロリー維持は、差し入れに頼っています。「おいしい」と思ったのは、パン、おにぎり、みそ汁、漬物、そして熱い日本茶。日本人であることを実感しました。入院4日目からは、病室で理学療養士からリハビリ指導を受けています。
 病室は4階にあり、水間の山河を臨み懐かしい家も眺めることができます。この与えられた時間を何に使うか。ふと思いついて、会長室から、1冊の蔵書を取り寄せました。
 この本は夫の愛読書。主人亡きあと会長室に入って、眼にとめていた『故事成語辞典』です。日本、中国、ヨーロッパ等の故事成語が解説されているものです。主人の愛したクラッシック音楽の項もあります。ページを繰ると、目新しい故事成語も出てきます。読むと新鮮で、時の経つのを忘れました。時々主人のメモ書きも出てきます。主人の新たな一面を見つけた思いでした。
 主人は私の“生き字引”でした。今思うのは、主人からもっと学んでおけばよかったという猛省です。好きな音楽も主人はクラシック、私は日本の曲と、分かれていました。昨日、主人が好んでいたテレビの2チャンネルに回すと、主人の好きな曲が流れてきました。思わず聞き入りました。そして、涙。ともに過ごした半世紀にわたるさまざまな日々が浮かびました。
 コロナで入院したこの9日間は、天から与えられた休養の日々であったと思います。でも、思い出の中にとどまっていたのでは、前に進めません。退院したら、仕事!です。仕事に没頭することは悲しみから救ってもくれます。
 今、大切に思うことは、心のアンテナを鋭敏に。そして、これぞと心に響いたら、すぐに挑戦すること、そのための精神力を保つこと。仕事、政治、音楽、社会、小説、人間、文化、料理、おしゃれ等々。心の中に閉じこもることなく、いつも発信できる、行動できる自分でありたいと思います。
 令和4年はコロナに始まり、コロナで終わります。お詫びが末筆になりましたが、自身が心待ちにした12月9日の研修会に出席できず、大変申し訳なく思っています。令和5年は明るい年であってほしいと願います。
 皆さまこの1年ありがとうございました。そして、新しい年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

今月の言葉 (2022年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 今年も朔風木の葉を払う季節となりました。皆さまお元気でご活躍のことと存じます。私はと言えば、11月17日、京都宝が池の国立国際会館で開催された、第30回日本慢性期医療学会の開会式に出席してまいりました。京都に向かう車窓から眺める紅葉の鮮やかなこと。久しぶりで心が華やぎました。
 同学会はコロナ禍で3年ぶりの開催でした。学会長を務められたのは女性初の日本慢性期医療協会会長に就任された橋本康子先生です。これまで、医療・介護の世界では、日本看護協会は例外として、女性の会長の誕生は決して多いとは言えない状況でした。
 広く世界を眺めてみても、女性の社会的進出の先頭を行くアメリカにおいてさえも、いまだ大統領は誕生していません。これまでの各国で活躍された女性の首相、大統領の顔を思い浮かべてみても、「鉄の女」の異名をとったイギリスのサッチャー氏、世界初の女性大統領アルゼンチンのイザベラ・ペロン氏、ウクライナのユリア・ティモシェンコ氏と、決して多くはありません。
 翻って私の周囲の身近な例をとっても、先日私は、大阪の納税協会の役員会に出席してまいりましたが、女性は私ともうお一人の二人のみ。“男性の集まり”という印象は否めませんでした。とても残念に思います。前述した女性大統領、女性首相の顔ぶれを見ても、女性は忍耐力が強く、また、大きな選択を迫られた時の決断力も決して男性に劣るものではないことを証明しています。
 そして、今、私が“女性の力”として大切に思うのは、「高齢者ケアを支える女性の会」の皆さまの力です。お一人おひとりが、医療、介護、福祉、そして教育の領域で、持てるお力を発揮なさっている。素晴らしいことです。私は皆さまに出会って、女性には男性にはない柔軟な発想力があることを実感しました。ある意味、男性を超える思いっきりのよさもあります。
 当会はもうすぐ発足12年を迎えようとしています。コロナ禍にあって、会として今何ができるか。難しいことはあるかもしれませんが、まず、お会いして、研修をして、語り合い、目標を確認して、再び歩き始める時がきているように感じます。
 皆さま、世代を超えて、地域の高齢者、子ども、病気や障害に苦しむ人とそのご家族と、地域の絆を深く結ぶための活動をさらに展開していこうではありませんか。
 12月10日に、皆さまにお目にかかれることを、楽しみにしております。

今月の言葉 (2022年9月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 虫の音が深まる季節を迎えども、コロナを巡る状況は終息せず、介護施設・事業所のご苦労は絶えない状況が続いています。皆さまはいかがお過ごしでしょうか。
 国の動きに目を転じると、様々な意見のあることは承知していますが、安倍元総理の国葬が無事に終わり、一国民として、ほっとしております。
 まずもって、安倍元総理には、広く介護の世界に深いご理解をいただいたことに、感謝申し上げたいと思います。また、本年5月に議員会館をお訪ねし、本会、高齢者ケアを支える女性の会の秋の研修会の講師をお願い申し上げた折り、温かい笑顔でご了承くださったお姿を忘れることができません。
 国葬を振り返ると、菅前総理の友人代表としての弔辞が胸を突きました。その弔辞には、安倍元総理の志、人となりが浮かび上がり、私の心を揺さぶりました。また、菅前総理の深い悲しみが伝わり、。人に心を届けることの本質を見たように思います。そして、心の底から発する言葉の力のみが、人の心をつかみ、人を動かすということを、再認識いたしました。
 弔辞の結びは、山県有朋が長年の朋友伊藤博文を偲んで詠んだ歌を、2回繰り返されました。
 かたりあひて 尽しし人は先立ちぬ 今より後の世を いかにせむ

 ここで、私儀ではありますがご報告をいたします。昨日9月28日、主人河﨑晃の四十九日を無事終えることができました。北から南まで皆さまのお心をちょうだいして、心から御礼を申し上げます。
 大きな寂しさの中にあっても、仲間がいて、支えられているという確かな手応えに、「よし頑張ろう」と思えます。
 ありがとうございました。

合掌

今月の言葉 (2022年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 令和4年蜩鳴くみぎり、主人河﨑晃の逝去の折には、高齢者ケアを支える女性の会の皆さまよりご弔意を賜り、心より御礼を申し上げます。
 天地始粛の候を迎えども、私は、まだ今は、事後の処理に追われる毎日です。
 ただ、家に帰って「ただいま」と言っても、いつもの「お帰り」という声はありません。また、リビングで主を失った椅子を見る時、「もう主人はいないのだ」という現実に戻ります。
 内科医として、自分の病状を熟知し、「寿命はあと何日」と読める主人にとっては、耐えがたいこともあったと推察しています。救いは、寿命を知っていたからこそ、言い残すべきことを子どもたちに伝えることができたことです。彼なりの人生の締めくくりをつけていったと察しています。
 私にとっての救いは、主人が最期に、「僕の人生はすばらしかった」と私に言い残してくれたことです。これからの人生を歩んでいくうえの心の支えになります。
 そして、何よりの救いは、4人の素晴らしい子どもたちを私に残してくれました。大きな遺産です。
 本当の悲しさ、寂しさを感じるのはこれからのことでしょう。2つの遺産を大切に、しっかりと歩んでまいります。

今月の言葉 (2022年7月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 謹んで安倍晋三先生のご冥福お祈り申し上げます。

 本日7月16日、私は、安倍元総理がお亡くなりになった奈良市大和西大寺の地に、献花に行ってまいりました。途中の車窓から見える平城京朱雀門とその目の前を走る近鉄奈良線の電車に、時を越えた歴史の交錯を感じ、悲しみはさらに深くなりました。
 実は、私の今年の手帳の11月の欄には、「安倍先生、高齢者ケアを支える女性の会でご講演」という文字が入っています。本年5月に安倍先生にお目にかかった折に、我が『高齢者ケアを支える女性の会』の活動をお話しし、ご講演をお願い申し上げました。快諾してくださった時のうれしかったこと。
 皆さまご承知のとおり、安倍元総理は、介護保険制度を守り育てた方です。特に、平成26年、東京・六本木アカデミーヒルズで開催された主要7カ国(G7)による認知症国際会議では、総理として、オレンジプランに代わる新しい施策の打ち出しを宣言されました。「新たな戦略の策定を厚生労働大臣に指示します」とスピーチされた安倍先生の雄姿を、私は忘れることができません。まさに、それは新オレンジプラン、さらにはそれを発展させた認知症施策推進大綱の出発点でした。
 そのような思いを胸に置いた安倍先生へのご講演依頼でした。
 だからこそ、このたびの訃報に、私はいてもたってもいられぬ想いで、銃撃事件となった現場に向かいました。西大和寺駅周辺の空は、雨が止んだものの、曇に覆われています。現場に設けられた献花台には、すでにたくさんの花が手向けられていました。献花のためにななお人々が続く200メートほどの列に並ぶこと20分。献花をする私の胸には、悲しさと、悔しさとがこみあげてきます。生命の尊さとはかなさ。この気持ちが、やがて歴史の一コマと受け取ることができる時がくるのでしょうか。なぜか、ケネディー大統領暗殺事件とオバーラップします。
 しみじみと、「人生、一寸先は闇」との思いがこみ上げます。
 今なお、私の手帳に書き込まれたままに残る「安倍先生、高齢者ケアを支える女性の会でご講演」の文字は、私たちに大きな宿題を残したように思います。

 不安定な気候、世相が続いています。皆さまと様々な想いを、文字どおり膝を交えて語り合える日まで、どうぞご自愛ください。

今月の言葉 (2022年6月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 6月とは思えぬ炎暑の日々が続いています。皆さまはいかがお過ごしでしょうか。
 私はと言えば、昨日の午後のひと時、当病院主催のピアノ、バイオリン、チェロの三重奏の室内音楽会を企画し、患者さん、職員とともに楽しみました。
 世界を、そして我が国を取り巻く“うっとおしい空気”を、何とか吹き飛ばしたい。そんな気持ちで、亡き妹の親友であるオペラ歌手の田口久仁子さんにお電話をしたのはほんの数日前。東京に住む田口さんは、私の話を聞くと、我が病院で開く小さな音楽会の実現のために、すぐに関西在住の演奏家の方たちに声を掛けてくださいました。
 そして、実現したのが、昨日の室内音楽会です。会場は病院のリハビリ室の一角です。午後1時前になると、患者さんたちがリハビリ室に集まってきました。中には、ベッドで移動したり、車いすの方もいらっしゃいました。医師や看護師やコメディカル、そして事務所の職員の姿も見られます。
 演奏会が始まりました。ピアノ、バイオリン、チェロのそれぞれの演奏が相まって、『赤とんぼ』、『愛の讃歌』の曲が、温かく、ひそやかに、そしてある時は情熱を込めて、奏でられていきます。中には、バイオリンやチェロの生演奏を聴くのは初めてという方もいます。
 患者さんは、うなづきながら静かに聞き入り、リズムに乗って演奏に参加していました。99歳の私の母も車いすの上で、拍子を取りながら、曲目を楽しんでいます。小さな音楽会は、私の親孝行にもなったようです。
 いよいよ最後の曲となりました。主人がリクエストした『リベラタンゴ』です。私の記憶の中にある『リベラタンゴ』の曲がピアノ、バイオリン、チェロの生演奏によって、繊細に、深く、臨場感をもって、胸に迫ってきます。主人がアンコールを求めました。
 音楽会では、40分に7曲が演奏され、皆の心に余韻を残して、終わりました。
 「また、ぜひ、音楽会を開いてほしい」、「定期的に音楽会ができるとよい」、「最良の一日となった」等々、たくさんの感想が寄せられました。私にとっても、音楽のすばらしさを改めて感じるよき機会となりました。
 オペラ歌手田口さんとの縁を結んでくれた妹に、心から感謝したいと思います。

 暑さ厳しき折、高齢者ケアを支える女性の会の皆さまもご自愛なさりつつ、ご活躍ください。

今月の言葉 (2022年5月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 今年も紅花栄う季節となりました。例年に比べて全国的に雨の日が多いとはいえ、やはり5月の風には、青空がよく似合う。そう思うのは私だけでしょうか。また5月は、法人の動きが活発になる季節でもあります。皆さま、さぞかしお忙しい日々をお過ごしのことと拝察いたしております。
 そんな5月の一日、私たち夫婦と長男と3人の娘たちは、会食をしました。我が家の将来を話し合うための機会です。主人も私も、いつまでも今のままの歳でいられるわけではありません。そして、“人は早かれ遅かれいつか人生を締めくくる時を迎える”ということは真理です。
 今後を話し合い、「4人いつまでも助け合って仲良く暮らしてね」と言う私に、子どもたちから返ってきたのは、「大丈夫。パパとママは心配せずに思うようにして」という言葉。改めて「家族とはよいものだな」と思いました。息子、娘たちとの食事を終えて帰途に就く私たち夫婦が交わした会話は、「いい子どもたちでよかった」ということでした。
 互いを思いやる家族の絆は、今の不安定な世の中では大きな心の支えです。小さな絆は世界を結ぶ絆の出発点です。
 広く目を転じても、感染症、戦争、災害、相次ぐ事故と、世界は不安に満ちています。そしていずれの場合も、被害者となるのは子どもたちです。教育の機会を失ったり、家族がバラバラになったり、子ども自身が傷つき、生命を失うことさえ起きています。心が痛みます。
 不安の中にいる子どもたちを守るのは、まず、小さな生命を愛おしく思うこと。そして、人を思いやり、互いを大切にしようとする心だと信じます。一人ひとりが気ままを通せば、自分も皆も不幸になり、家族はもちろん世界の人間の絆は断たれてしまいます。
 日々忙しく過ごす私の心の安らぎは、近くに住む5歳の女孫と過ごすひとときです。一緒に散歩したり、幼子の好物に腕を振るい囲む食卓は幸せに満ちています。女孫の成長は、私の日々に彩りを添えてくれます。そして、「世界中の幼き生命を守りたい」という想いを強くします。
 「今、私たちに何ができるのか」。未来に向かって歩むべき道は、さらに続いているようです。

今月の言葉 (2022年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 陽光の中、新緑の木々がつつじの花に彩られ、美しい風景を織りなしています。そうした自然から一歩目を福祉・医療の世界に転じると、政治を巡る新たな動きが急になっています。それもそのはず、「参院選の公示日」と想定される6月22日まで、早や2カ月を切っています。
 私も、園田修光議員と自見英子(はなこ)議員の応援に力を注ぐ毎日です。お二人は、全国老人保健施設協会、全国老人福祉協議会、日本認知症グループホーム協会の各団体の連盟が、参院選全国区で推す候補です。お二人には、日本の福祉、医療を大きく支えていただいています。
 2024年度は介護報酬と診療報酬の同時改定です。ぜひ再選を果たして、ご利用者や患者さんに代表される国民、福祉・医療の現場で日々頑張る職員、そして、福祉・医療の経営・運営に日々取り組む私たちを、さらに守り支えていただきたいと考えます。
 皆さまもそれぞれお立場はおありかと思いますが、大きな視野に立って、お二人への応援をよろしくお願いいたします。
 ところで、近頃、私の心を和ませ、さらに世界の子どもの幸せに心を馳せた小さな出来事を報告します。私は、忙しい時にこそ身の回りにほこりが目立つのは嫌だと思い、我が家の奥深くしまい込んだ“古いもの”を整理しました。その時、納戸から見つけたのが、50年前に私が、我が子に編んだ毛糸のベスト、セーター、ワンピースでした。保存がよかったのか、“ベビーピンク”、“白”、“うすい緑かかった青”の色も当時のままです。
 早速、洗濯し、自分の部屋にぬいぐるみとともに飾ると、まるで小さなブティックのよう。幼き頃の我が子の姿が鮮やかに目の前に浮かんできました。何よりも不思議だったのは、ベストやセーターやワンピースが孫娘にぴったりだったこと。50年の時を越えた“いとおしさ”をかみしめながら、今、世界で苦しむ多くの子どもたちの無事を祈りました。もどかしいことです。
 まず、私たちのできることから始めてまいりましょう。

今月の言葉 (2022年3月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 令和3年度も終わろうとしています。当法人では、新しい年度を迎えるに当たって、コメディカル職員の契約更新も始まっています。契約更新の面接の中で思うのは、本人が何か一つ、「これだけは人に負けない」というものを持つことの強さです。
 例えば、PT、OT、STです。リハビリの国家資格を持つ彼らは、日々真摯に専門性を発揮して、入所者、入居者、ご利用者、そしてそのご家族を支えています。「これだけは誰にも負けない」と胸を張り、新しいことへのチャレンジを期待します。
 もう一つ、当法人は、月に1回、各フロアやデイサービス、グループホーム等のトップを集めて、“GGL会議”を開いています。“GGL会議”とは、Green(緑ヶ丘の「緑」)、Grow(茂)、Leader(指導者)の頭文字からなっています。初代事務長の命名です。GGL会議には、交代で若いスタッフも参加します。 皆で1カ月を振り返り、症例検討を行い、反省や課題や新たな目標を話し合います。
 私がGGL会議で強く打ち出してきたのは、研修の大事さです。私の声を受け止めてくれたのか、令和3年度には、9人の職員が介護福祉士の試験に挑戦しました。この3月の合格発表では、うれしいことに「全員合格」の結果となりました。先日のGGL会議にちょうど出席していた20代後半の男性職員と20代前半の女性職員も合格でした。皆の前で、その健闘を称え、努力をねぎらうと、涙ぐむ場面もありました。彼らの胸の中には、様々な感情が交錯していたことでしょう。
 資格に挑戦し、見事試験に合格した職員が得たものは、決して国家資格のみではないはずです。これからは、資格者としての自信とともに、それらの経験の中で培ったことを醸成して、さらに大きく成長していくものと期待しています。
 「栴檀は双葉より芳し」と言います。現場のリーダーは若い芽をいち早く見つけて、芽吹きを促進し、さらに大きな枝に育てていってほしいと心から願います。若い職員のチャレンジは、きっと中堅職員のヤル気への刺激にもなるはずです。そして、若手、中堅、ベテラン、シルバーの各層の職員が、それぞれの力を最大限に出し合い、PDCAサイクルを回していくことこそ、組織を強固かつアクティブにしていく要になると確信します。
 令和4年度は、PT,OT,STの職員がケアマネジャーの試験に挑戦します。リハビリ専門職の立場からケアプランを立てる。このことは、介護現場に、新たな流れを生むものと期待しています。彼らは、日々の業務に力を注ぎつつ、来年のケアマネジャーの試験を目指して、現在準備中です。
 高齢者ケアを支える女性の会の皆様は、どのような令和4年度を切り拓いていらっしゃるのでしょうか。一堂に集っての意見交換を楽しみにしております。

今月の言葉 (2022年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 近年にない大雪に見舞われ北海道の会員の皆さまはお元気ですか。九州の会員の皆さまはいかがお過ごしですか。
 感染症がいまだ終息しない中、世界は再び大きな危機に遭遇しています。ロシアのウクライナ侵攻です。報道されたキエフ近郊の地下に隠れた5,6歳とも見える少年。その少年の「バンバンという音に起こされた。死にたくない!」という小さな叫びと頬を流れる涙に、胸がつぶれる思いがします。こんなことが、今の世の中に本当にあってよいものでしょうか。
 今後事態は、ウクライナの“NATO加盟”をキーワードに、どのように動いていくのか。今のところは、世界の国々も、ウクライナを守る手立てを取り切れないのが実状です。不幸な歴史を繰り返してはいけない。そうした思いが胸の奥底から突き上げてきます。
 そして、今回、ロシアのウクライナ侵攻の報道から見えてきたのは、大変難しい問題ではありますが、自分のことは自分で守らなければいけないという厳しい現実です。
 これを身近な問題に置き換えれば、私は、理事長として、職員、患者の皆さま、ご利用者、ご家族そして地域の方々を、守らなければなりません。少しでもよい環境を整え、安心安全な生活を提供し、支えることが、求められる責務と考えます。職員一人ひとりが、今、この法人を仕事の場として持てる力を発揮し、安心と平和の日々を笑顔で暮らしています。この笑顔を守るため。私自身が地に足をつけて経営の安定化を図らなければならないと再認識しました。
 高齢者ケアを支える女性の会の皆さまも、ハンコを持って組織の行く道を決定するお立場として、日々、様々なことを、考え、思い、願い、実行されていることと拝察します。
 私たちは、当会創設の理念に、平塚らいてうの『青踏』の発刊の辞「元始女性は実に太陽であった」という一文を掲げました。私たちにどれだけのことができるかは疑問ですが、女性の生命力、忍耐力が未来をつくってきたことを信じ、前へと歩んでいかなくてはなりません。
 「一つの組織はその組織のリーダーの考えにより、そこに集う人々を幸福にもし、不幸にもする」。このことを肝に銘じて経営にかかわっていきたいと考えます。
 なすべきことを確認し合い、ともに頑張っていこうではありませんか。
 真の春到来を信じつつ。

今月の言葉 (2022年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 謹んで新春のご挨拶を申し上げます。
 全国で、オミクロンの感染拡大の勢いが止まりません。連日感染者数を更新する状況は、大阪も例外ではありません。介護の現場にあっては、本当に厳しい毎日を過ごしています。
 そのような中で、1月8日、リーガロイヤルホテル大阪で、「高齢者ケアを支える女性の会」の新年会を開催できたことは、感染防止策に十分配慮したうえでの開催とはいえ、まさに幸運としか言いようがありません。
 総勢31人の参加で理事会、講演会、新年会は盛り上がりました。特に、日本医師会常任理事の江澤和彦先生のご講演は、医師として、医療・介護に取り組むご経験から、多くの学びを得ることができました。
 また、講演に先立って行われた理事会では、当会10周年記念プロジェクトについての今後の方向について議論を行い、新年会の席で会員の皆さまのご賛同をいただくことができました。本当に感謝申し上げます。ご出席できなかった皆さまには、1月18日付で報告書をお送り申し上げました。どうぞご確認ください。また、ご意見があれば、いただければ幸いと存じます。
 皆さまの思いをしっかりと受け止め、当会の運営を続けてまいりたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
 ここで、私の近況を一言。この年になって思うのは「長生きするなら、いつまでも元気に」ということです。そこで、まず、ダイエットをして、足を鍛えるために、歩くことにしました。足をしっかり鍛えると内臓が丈夫になり、内臓が丈夫になると頭がっしっかり保たれると聞きます。
 先日、東京に数日滞在した時も、ホテルを起点に散歩を欠かしませんでした。皇居外苑を散歩すると、皇宮騎馬隊でしょうか、白馬1頭と栗毛2頭が調教を受けていました。馬車を引いての訓練はなかなか見応えのあるものでした。こうして、私の歩け歩けの”訓練”も、なかなか風情を感じることのできる楽しみとなっています。
 「一日24時間のうち30分だけ、自分のための時間をつくる」。
 ダイエットして、運動をして、筋肉を衰えさせない。
 これが私が私のために立てた小さな誓いです。まずは、この誓いを皆さまに公表して、継続への努力をいたしましょう。
 皆さまは、いかがでしょうか。

今月の言葉 (2021年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 コロナ禍での戦いが続いた令和3年も、暮れようとしています。この1年は残念ながら皆さまと一堂に会することはできませんでしたが、様々な励ましのお手紙やご連絡をいただき、心から感謝申し上げます。
 私は、年の瀬を迎えた一昨日、お客さまを木積の孝恩寺、別称「釘無堂」にご案内しました。孝恩寺は平安時代に聖武天皇の命で僧・行基によって建てられたお寺です。鎌倉時代に再建された現在のお堂は、一本の釘も使うことなく国宝に指定されています。孝恩寺の宝物堂には阿弥陀如来をはじめ19体の仏像と板絵一枚が重要文化財として収められています。一体一体の仏像には刻み込まれた歴史があり、手を合わせて来し方を振り返ると、私の内に新たな年への希望が湧いてきました。
 そして翌日、私は、気の置けない友と福井県芦原温泉に一泊二日の旅行へ。一年間の疲れが癒された旅となりました。中でも65年ぶりに訪れた曹洞宗大本山永平寺は、変わらぬ荘厳な姿のままでありました。遠く鳴る雷、大きなみぞれ交じりの雨。雨の中にもかかわらず素足で僧堂の廊下を拭き清める若い修行僧の姿に、65年前の記憶が呼び起されました。父母と妹と弟と私の5人家族で永平寺に詣う出た懐かしい思い出です。
 父は昼夜を問わず患者のために走り回る日々にあっても、夏休み、冬休み、春休みには、私たちをワゴン車で各地に連れて行ってくれました。東は箱根から、富士山、諏訪湖、赤穂、そして福井等。ワゴン車の後部には布団が積んであり、眠くなった私たち子どもは車内で昼寝をすることもありました。今、同じ僧堂の前に立ち、当時の若かりし父母の笑顔が胸によみがえります。忙しい日々にあっても、家庭を大切にし、貴重な思い出を残してくれた父母への感謝が広がります。私は、わが娘、わが息子の心にどんな思い出を残すことができたのか、自己反省もしました。この年齢に至り今はもう、子どもたちや孫に、子育ての中の家族とのよき思い出づくりを託すしかありません。
 その夜は、久方ぶりでお酒を一杯飲んで熟睡。一夜明けた芦原の町は、雪景色となっていました。
 1月8日の高齢者ケアを支える女性の会の年初の会で、皆さまとお会いできることを楽しみにしております。

今月の言葉 (2021年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 この11月に健康診断を受けました。結果は「異状なし」。けれど、健康診断を受ける中で、わが身の今後の処し方を考えました。ちょうど、法人の介護老人保健施設の開設記念日を間近に控えた時でもあり、法人の来し方を真剣に考えました。
 父から夫へと、長く地域の急性期医療に取り組んできた病院を土台に、私が介護老人保健施設を開設したのは、平成5年12月のことでした。それから丸28年がたちます。準備期間を入れれば、早や30年の歳月が流れています。
 父や夫の病院経営や、父の介護施設開設の取組みをつぶさに見てきたとはいえ、一男三女を育てる家庭の主婦としの日々を過ごしていた私の、まさに第2(結婚が第2の人生とすれば、第3)の人生の出発でした。役所との交渉、水源確保のための井戸の掘削、人材確保等々様々な準備を乗り越えての挑戦でした。
 ちょうど介護保険が大きく伸びていく時期であり、私は、あるべき介護施設・事業所の在り方を求めて、力の限り歩んできました。今では、当法人の取り組む介護事業もグループホーム、特養等、その幅を広げました。そして子どもたちも成長し、長男は病院を守り育て、介護事業では2人の娘がそれぞれの立ち位置で力を発揮してくれています。そうした環境が自然に、「もう先頭に立つのは若い人たちだ」と思わせたようです。言ってみれば、当法人の介護事業における新たな舞台が整ったといえましょう。
 決して、私の法人にかける夢や思いが衰えたとは、思いません。しかし、若いエネルギーと瞬発力がなければ、改革や変化は生まれないというのは真理です。こう思い至った私は、すぐに娘2人と事務長、課長の4人を会議室に呼びました。
 「ハンコは従来どおり私。でも、これから先頭に立つのはあなたたち4人。これから4人それぞれが自分の任をしっかり守ってください」
 これが、若い人たちへの私の第一声でした。
 これからは、さらなる変化に対応することが求められています。斬新な発想、ほとばしるエネルギー、卓越した決断力と実行力。これらがなければ、法人の未来はありません。
 私は思うのです。若い人たちには自由に生きてほしい。世間の常識やこうあらねばならないという枷を外して、自由奔放に生きてほしい。守るのは、法人設立の理念と、地域住民の医療・介護を支えるという想いのみ。
 私も年を重ねたということでしょうか。高齢者ケアを支える女性の会の皆さまは、どのようにお考えでしょうか。

今月の言葉 (2021年10月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 「富有柿 夫の好みを 仏壇に」
 「戦場を くぐりし飯盒 花一輪」

 この二句の俳句は、母ヒサ子が平成26年にNHKの合同句集に応募した『寒紅梅』の章に収載されたものです。それから7年、来月白寿を迎える母は、現在は河﨑病院に入院し、孫の院長の目配りの下、穏やかな日々を過ごしています。気分の良い日には、句集を手に取ります。その枕元では、10年前に亡くなった父の写真が、母を見守っています。
 病院内の理事長室を仕事の拠点とする私ですが、仕事に追われてしまえば、病室を見舞うことはできません。それでも母の好物を手づくりして、病院の栄養士に、「お昼に、一品加えてね」と届けます。白和え、母好みの塩加減の甘鯛の焼き物、収穫したサツマイモをリンゴと一緒に炊いたもの。口から食べることが健康の源と実感している私は、栄養価のあるものを、柔らかく、母の好みに合わせてつくります。
 何日か、病室に行かれない日があると、「必ず寄ってもらって」と看護師さんや付き添いさんを通じて、母からの伝言が届きます。昨日も、病室に入っていくと、句集に目を通していた母は、顔を上げ、にっこり。そして、ベッドの両側に付き添っていた看護師さんと付き添いさんを「ほら、やっぱりきてくれたでしょ」と言うかのように、得意そうな顔で見上げました。時が過ぎ、「ばあば、そろそろ下におりるわね」と言う私に、母は優しく「むりせんときや」と声を掛けてくれました。
 母の99年を振り返れば、20歳の時に父に嫁ぎ、舅姑に仕え、父の出征中に私を生み、医療の道を歩く父を支えてきました。その生活は、外出も控え、父の帰宅時間に合わせて、漬物をつけ、ご飯を炊き上げるというものでした。子育てが終わってからは、木目込み人形をつくることと、俳句を詠むことを楽しみとしていました。子や孫の健やかな日々を祈りながらつくる木目込み人形は、雛祭りには床の間いっぱいに飾られます。力を込めて彫刻刀を握った母の指先は、今も曲がっています。
 私がうらやましく思うのは、母は、限られた世界で生きながら、その日々は悠久の時を刻んでいるということです。母が詠む俳句には、皆を包み込む無限の空間が存在していました。
 母は、句集の前書きを、「私は結婚70周年を迎えた夫を3年前に亡くしました。毎日さみしい日を送っておりますが、寒紅梅の花のように元気を出して、その日その日を頑張っていこうと思っております」と結んでいます。
 父が逝って10年、母の笑顔はさらに穏やかになりました。白寿の母と、新たな年の寒紅梅の花を愛でることを、私は今から楽しみにしています。

今月の言葉 (2021年9月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 彼岸花があぜ道を赤く染め上げる中、空は澄み渡り、さわやかな風を感じます。時は食欲の秋、たくさんいただいた栗を剥いて、栗ご飯、栗きんとんをつくって、皆にふるまいました。夫と子どもらが一日早い誕生日を祝い、我が家に集ってくれたのです。
 栗を剥くのは楽しいものです。一つひとつ渋皮まで取り除きます。秋を満喫しました。早くも色づいた柿の実も仏前に備えました。10月を前に、実りの秋の様相も深まってきました。コロナ禍の中耐える日々が続く中、久方ぶりに、自然の実りを楽しみむことができました。今月11年目の命日を迎えた父に、自然に思いが及びます。同時に、わが来し方を振り返る機会ともなりました。
 誕生日の祝いの言葉に、積み重ねてきた日々を改めて振り返ると、いつの間にか長い歳月が経っていました。夫や子どもとの楽しい会話の中で、わが娘の年を改めて聞かされて、さらにびっくり。その娘の年齢を、あたかも今現在の我が年齢と勘違いしてしまうような感覚を持っていたのは、私の厚かましさでしょうか。
 考えてみると、結婚してすでに半世紀以上の歳月が経っていました。夫婦2人でこの道を歩いてきました。そしてこの子らを通して、大きな家族の輪ができました。大変な世の中であっても、何とか健康に恵まれ、子らに恵まれ、家庭生活も仕事も全力で走ってきた幸せを感じます。
 そして、これからも四季を重ねて、生ある限り、力いっぱい走り続けてまいりたいと思います。家族をはじめ多くの方々への感謝を心に刻んで。

 皆さまにお目にかかれる日が一日も早からんことを願っております。

今月の言葉 (2021年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 綿のはなしべが開く季節となっても、いまだ、コロナとの戦いは続いています。長く続くコロナ禍と繰り返される自然災害の中、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。皆さまのお健やかな日々を願いつつ、お会いしたいと心から思う毎日です。
 正直に申して、コロナ禍の日々の暮らしにもう我慢の限界を感じています。
 コロナとの戦いは2度目の晩夏を迎え、確かな収束の時期は見えていません。それどころか、緊急事態宣言の対象地域は広がってさえいます。都道府県を越えての移動を制限される生活は、大変不便でもあります。
 とはいっても、無為に過ごすことはできません。我が法人の仕事の見直しと家庭内の整理整頓に力を注いできました。
 法人内の各組織では、職員が意見を戦わせ、リニューアルに取り組みました。新たな取組みが現場の活性化という“うれしい結果”に通じました。
 一方、家庭内においては、徹底した整理整頓を行いました。家の中はさっぱりして、いつもに増してきれいに保たれています。最後に目についたのは、長く使い込んできた愛着のある座布団です。座布団かわを洗濯し、さらに綿も丁寧に洗って天日に干しました。生まれ変わった座布団はふかふかとなり、座り心地は満点です。
 整理整頓が順調に進んだ一方、問題は食事です。もともと料理好きで、日頃から、我が家の食卓は、季節の野菜や魚を基本に、私自身が賄ってきました。またそれがとても楽しいひと時でした。ただ、こう毎日、家での食事が続くとは…。自分の味にも飽きてきました。新聞の献立欄を参考に、新しい味にも挑戦してみました。それも度重なると、やはり、たまには息抜きにお気に入りのお店での外食がしてみたい。これが偽らざる気持ちです。そして、何よりも、人とのぬくもりが欲しいと感じる毎日です。
 今、この状況下で思うのは、生きていくのは大変であるということです。そして、人間一人では生きていかれないということです。会えない今だからこそ、大切な人々との絆が見えてきます。
 何よりも、皆さまと一堂に会し、楽しい食事と意見交換の時間を過ごしたいという気持ちでいっぱいです。その日まで、もうひと頑張りいたしましょう。

今月の言葉 (2021年7月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 8月を前に、新聞・テレビの報道では、明暗二色のニュースが錯綜しています。
 明るいニュースといえば、様々な議論を乗り越え、開催されたオリンピックでの金メダルラッシュ。理屈抜きに、私たち応援する者の心を一つにしてくれます。特に、若い力の台頭には目ざましいものがあります。その代表は、なんといってもスケートボード女子ストリートで金メダルを取った西谷椛さん。13歳の中学生になったばかりの少女です。私にとってはひ孫ともいえる年齢です。このような若い力の爆発は、前回東京オリンピックが脳裏に刻まれている私にとっては、予想を大きく超える流れです。
 一方、北京オリンピック以来13年を超えて“連覇”を果たした「ソフトボール」には、実施種目除外の問題も含めた関係者のご苦労を察します。特に2つの大会を投げ抜いた上野由岐子選手の姿からも目を離すことができませんでした。試合前後のインタビューに答える上野選手の発言の中には、支えられることへの深い感謝と、それに応えようという強い意志が感じられました。
 そうした明るい雰囲気の中にも、東京都のコロナ感染は7月27日現在、過去最多の2,848人となり、その拡大傾向が止まりません。オリンピック参加者の中にもコロナ感染者が出ているという事実。
 今回の東京都の感染急増の背景には様々な原因がいわれています。4連休による検査の集中。感染力の強いデルタ株への置き換わり。抑えられない人流。私たち介護提供者にとって、唯一の救いは、65歳以上の高齢者の発症が2.7%にとどまっていること。ただし、全年齢層へのワクチン提供には、まだ解決すべきこともあり、予断は許されない状況にあります。
 コロナも今回オリンピックの結果も、50年前には、想像もつかない展開を見せています。
 50年後の日本はどうなっているのでしょう。
 今日が平和であっても明日はどうなるかわからない。また、今は、思うに任せない状況にいても、一気に状況が好転することもある。不安とも、期待ともつかない人生の深淵なるものを感じます。
 ただ確かなことは、心を一つにすること。心を一つにすることで、超えられそうもない壁を乗り越えることができる。喜びをいっそう大きく深く感じることができる。
 テレビに映る“競技に挑む選手たちの姿”を見ながら、こうした思いを新たにしました。

今月の言葉 (2021年6月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 菖蒲の花咲く侯といえども、連日新聞の紙面をにぎわすのは「コロナ」、「ワクチン」、「オリンピック観客制限」等の文字です。高齢者介護を担う私たちの日々も、いまだ、日常とは言えない時を刻んでいます。
 ここで、高齢者ケアを支える女性の会の皆さまに、ご報告があります。6月24日の公益社団法人日本認知症グループホーム協会の総会があり、私、河﨑茂子は役員選挙を経て、第5期目の会長職を拝命いたしました。
 「人生にはいろいろある」。総会を終わっての実感です。
 振り返れば、平成4年に、“4人の子どもの母親”を主軸とする生活から、老健施設の開設に全力投球する生活に。そして、いつしか、小さな介護単位で取り組む認知症介護に興味を持ち、グループホームの存在を知りました。そして、認知症介護の状況を知るにつれて、「できる限り自由な発想で、認知症高齢者の住まいとしての限界に挑戦してみたい」という気持ちが強くなりました。河崎病院内の敷地内のリハビリ棟の2階に『グループホームひまわり』を開設したのが平成10年1月。以来、グループホームのあるべき姿を追い求めて、20年が経ちました。
 その間、大阪にグループホームの協会があることを知り入会。そして、全国組織に誘われ、様々な方々と出会い、今日を迎えました。
 最初の会長選挙は平成25年でした。医療や介護の世界で賛同を得ようとすれば、女性であること、しかも医師でないことが、マイナス要件になることもあります。しかし、それゆえに、マイナス要件をプラスに変えるように努力をして、自身で追い求めたグループホーム像をつくってきました。8年間は“あっという間”のようにも、“長く遥かな道のり”だったようにも思えるのは不思議です。
 その間、多くの方と出会い、支えていただきました。本当にありがたいことです。もちろん、厳しいご意見をいただいたこともあります。支えていただいた皆さんと共感し、厳しいご意見には真摯に耳を傾ける。そのように、一つひとつの取組みを重ねていくことによって、形ができ、先が見通せるようになることを実感しています。
 5期目の会長選では、すべての方の賛同を得て、会長職を拝命したことを心から感謝しています。いただいたエールを胸に刻み、初心忘れることなく、さらにこの道を歩んでいく決心です。どうぞ、皆さま今後ともよろしくお願い申し上げます。
 最後に一筆、何ということでしょう。この『今月の言葉』を書き上げたところに、女性の会の皆さまからお祝いの胡蝶蘭が届きました。真っ白な胡蝶蘭の花に込められた皆さまのお気持ちに思いを馳せ、さらに前へと、誓いを新たにいたしました。
 心から感謝申し上げます。

今月の言葉 (2021年5月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 今日は、本当に久方ぶりに近隣の友人のお宅に招かれ、意見交換会を行いました。庭には打ち水、玄関にはカサブランカの花、そして、素晴らしい和食料理。当然、この時期にあっては、アクリル板付きのマスク会食です。そして提供された素晴らしい和食コースの背景にも、有名和食店が直面した厳しいコロナ事情がありました。
 この日の板前さんは、1年前まで老舗の和食店のオーナー兼板長さん。なかなか予約も取れないほどの人気でした。ところがこのコロナ禍。今はお店を閉めて、常連のお客様の自宅に出張して、和の料理を提供しています。
 この日のお料理は、先付が、サザエ、子持ち昆布、おまめさん。続いて淡路島産の鱧のおすまし。焼き物は富山から取り寄せた庄川の天然アユの塩焼き。程よい大きさの鮎が2尾、器のうえで、レンコンとみょうがの酢の物をお供に、あたかも川の中を元気に泳ぐがごとくの姿を見せています。
 折しも5月の風が柔らかく部屋に入ってきます。窓から見える楓の緑も鮮やかです。庭に引き込んだ水路の白砂には、白鷺がえさをついばんでいるのが見えます。しばらく前までは蛍も見られたとのこと。
 向付は、鮪のトロと平目とイカのおつくり。添えられた生ワサビの香りがお刺身のうまみを際立たせます。炊き合わせは、オクラと小芋とトウガンを鱧の卵とあっさり仕上げてありました。鱧と万願寺とうがらしの天ぷらも至福の時を運んできます。締めのご飯は、茗荷とゴマが入って、もっちりと土鍋で炊き上げてありました。香の物は泉州の水ナスと蕪、地元の金山寺味噌。
 水菓子は夕張メロン。さらにコーヒーとブリュルとマンゴープリン。マスクを伴って、人数を限っての食事とはいえ、素晴らしいひと時でした。
 この2年近く、家族との外食もままならず、自宅での食事が続いていた“主婦”にとっては、本当に息を吹き返したかの時間を過ごすことができました。
 この時が過ぎれば、また、緊張を強いられる厳しい闘いの日々の中に戻ります。だからこそ、「このひと時を愛おしみたい。そして、コロナ禍、自らの道を真摯に歩む全ての方々と、ともに頑張りたい」と思います。
 全国の会員の皆様との再会の日まで……。

今月の言葉 (2021年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 コロナ禍にあっても変わらぬ四季の移ろい。今私は、4月のさわやかな風に誘われて散歩をしています。
 遠く望む山々は、“クヌギや樫の木の緑”と“山つつじのピンク”で染め上げられています。近くの竹藪では、天を目指した筍が成長した姿を見せています。散歩道を彩る赤やピンクのツツジの花は満開です。カキツバタも今にも3枚の花弁を開くかのように、紫のつぼみを競っています。あじさいは葉を広げ、花咲く時を待っています。
 何があっても、自然はいつもと変わらず季節を色どります。ありがたいことです。「当たり前の生活を当たり前に過ごせる日々をいつになったら取り戻せるのか。もう少しの辛抱」と、自分自身に言い聞かせる毎日を過ごす私にとっては、自然の中に包まれることは大きな救いです。
 その中で気になるのは、医療に比べて遅れている介護領域のコロナワクチンの全員接種です。我が国のコロナワクチンの接種の進み具合をNHKデータで見てみると、4月27日現在、日本の「コロナワクチンを少なくとも1回接種した人の人口に占める割合は1・64%」に過ぎません。イスラエル62.26%、イギリス49.72%、アメリカ42.15%とは大きな乖離があります。アジア圏で見ても、韓国4.70%、インドネシア4.33%、バングラデッシ3.52%ですから、もどかしい限りです。
 介護事業の経営者として、経営・運営の今後に目を転じると、4月から新たな介護報酬に基づいた運営は、利用者を守るためにも、職員を守るためにも、しっかりと目配りし、舵取りをしていかなくてはなりません。介護報酬の基本報酬はプラスになり目安が立ったとはいえ、老健施設を例にあげても、加算を取るのは決して簡単ではありません。今後、経営状況は大きく2極分化が進むことが考えられます。職員が全員で情報を共有し。施設をあげて、LIFEに取り組んでいく必要性をひしひしと感じます。
 そぞろ歩く私に吹くそよ風に、はるか昔、春風の中自転車のペダルを元気よく踏みこんだ若き日の自分を思い出しました。今は、こうして“歩け歩け”で精一杯。歳月の流れを感じます。今も昔も変わらぬ一点は、「内に満ちる明日への希望」です。
 皆さまにお目にかかれる日を楽しみにしております。

今月の言葉 (2021年3月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 春雷の候、大阪にも例年より早い桜の満開の季節が到来しました。思わず「きれいやな」と見上げながら、「会員の皆さまはどのように桜の季節を迎えていらっしゃるか」と思いを馳ました。一体いつになったら、皆さまと一堂に介して、ともに語り合える日々がくるのでしょうか。不透明な先行きに不安が募ります。だからこそ、自然の美しさに心和むこのひと時を大切にしたいとも思います。
 この年になりますと、厳しい日々にあって心が和むのは、自然の織り成す美しさと、孫の愛おしさです。
 孫の寝顔の可愛さは何とも言い尽せぬものです。いえいえ、起きて泣いているときも、笑っているときも、いたずらしているときも、何をしていても可愛い。たまった疲れもどこかに行ってしまうほどです。
 しかし、季節(とき)は3月。疲れもたまるはずです。3月は年度の締めくくりの時であり、また、新たな年度に踏み出すための準備を万端整える時です。そして、本年令和3年度についていえば、3年に1度の介護報酬改定の年でもありました。まさに、我々介護にかかわる責任者として、緊張を強いられて当然といえましょう。
 周知のとおり、今回の改定は、その内容は多岐にわたり、また、強く戦略的な取組みが求められるものでした。特に、国が積極的に打ち出している「科学的介護、LIFE」への取組みには、経営者や担当者だけではなく、職員を挙げての取組みが求められていることをひしひしと感じます。
 「LIFEへのデータ提出のための体制づくりをしっかりと行う」。「フィードバックを活用して介護の現場のPDCAサイクルを回す」。そのことが、介護の質を上げて、科学的介護の確立に繋がっていきます。全職員でしっかりと情報をとらえて、理解して、議論して、協力して、ことを進めていくことが必要と考えます。
 介護保険制度発足21年目にして直面した大きな改革の年を、新たな介護の時代の到来ととらえ、しっかりと乗り越えてまいりましょう。

今月の言葉 (2021年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 草木萌えいずる候、我が家のお雛さまはひな壇の上から今年も微笑みを浮かべて、河﨑家の女性たちを見守っています。
 庭には、桃の花に先駆けて満開を迎えた紅梅。見事です。そして見上げる空は青く、穏やかな早春の訪れを告げています。正直、気持ちも浮き立ちます。時に女孫たちの笑い声が響き、この一瞬の大切さを実感します。
 新型コロナウイルス感染症との厳しい戦いのさなかにも、このような穏やかな時間が訪れることの不思議さを思います。また、「人間とは、どんな不便な生活にも、慣れるものだ」と、生きることの妙を感じます。コロナ禍に生じた窮屈さも、今は、それほど苦にならず、感染防止のための清潔保持を実行できるようになりました。人間の生命力の強さともいえましょう。
 このところの私の日常は、家と仕事の往復のうちに過ぎていきます。家庭と職場のリズムがうまい具合に定着してきました。そして、時に行われるリモート会議では、自然と背筋が伸びます。
 うっとうしく感じた「手洗い、うがい」、「アルコール消毒」、「換気と適切な距離の保持」,「体調に合わせた外出の見合わせ」等も、今は、人間に本来求められた注意喚起であったのだと納得します。自分の行動が他者、特に病人や弱者にどんな影響を与えるのか。想像力をもって相手の立場や思いを理解し、自らの行動をわきまえて、生活に配慮することの重要性を再認識しました。
 折しも3月1日には、大阪府を含む6府県の非常事態宣言が解除される見込みです。ただし、油断は禁物です。非常事態宣言が解除されてからこそが、私たち一人ひとりの姿勢や生活の質が問われるのだと思います。
 このことが、コロナ終息に向けた大きな一歩に繋がると信じつつ、高齢者ケアを支える女性の会の皆さまとの久方ぶりの再会の準備開始のタイミングを計っています。
 それまで、もうしばらくの間、皆さま、ご自愛くださいませ。

今月の言葉 (2021年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 令和3年睦月、私は一通の手紙を受け取りました。封を開くと、中には一枚の和紙。墨の色も鮮やかに、「感謝」の二文字が、私の目に飛び込んできました。
 私が会長を務める協会の会員のお一人からの手紙でした。協会が送った1月18日改定なった介護報酬単位の速報のFAXを見て、先の見えないコロナ禍にあって、今後の事業所経営に明かりが見えたというお手紙でした。
 「感謝」の二文字を見て私の胸に去来したのは、私のほうこそ、協会の代表として、協会員をはじめ皆さまの代弁者として、国にその声をお届けする機会をいただいたことへの感謝でした。今回はさまざまな意味で、今後の介護の進展に影響を与える分岐点となる改定だったといえます。その大きな機会に、このような役割をいただいたことに感謝。支えていただいた多くの方への感謝感謝で一杯です。
 そして、この場をお借りして、高齢者ケアを支える女性の会の皆さまにも、私の感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
 10年前、発足した当会、高齢者ケアを支える女性の会。その10年の歩みの中で、さまざまな研修会や講演会、さらにはともに旅をし、皆さまと過ごした時間の中で、私は、介護、医療、教育に真摯に取り組む皆さまの思いを知り、学ばせていただきました。そして、集い、語り合い、想いを深め合うことの大切さを知り、大きな力をいただきました。
 それにつけても、私は思いを伝えることの大切さを実感します。毛筆で書かれた「感謝」の手紙は、私に手応えと、「さらに前へ!」という勇気を運んできました。
 緊急事態宣言の延長が俎上に載る中、各都道府県の感染者発生の勢いはやや減じたとはいえ、完全なる“コロナ終息”がいつになるか、予測することはできません。当会の令和3年度の総会、研修会も、計画案はいろいろ立てているものの、時を待って、具体的な活動は控えている状態です。
 気にかかるのは、北海道から鹿児島まで、高齢者ケアを支える会の皆さまが、お仕事の現場でいかなる戦いを重ねていらっしゃるかということです。遠く離れた状況を歯がゆく思いつつも、戦いを乗り越え、再び皆さまとお目にかかり、語り合える日を待ち望む毎日です。
 皆さまとの出会いに感謝しつつ、令和3年最初の発信とさせていただきます。

今月の言葉 (2020年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 柚子の香薫る季節、忙中閑あり。残り少ない令和2年を振り返りつつ病院の周りを散歩しました。心は不思議なほど平穏です。あたりには、例年と変わらない自然の装いが広がっています。みどりの草に、南天の実の真紅、やまぶきの黄色が映えて、その美しいこと。
 想えば、本年、令和2年は私たち人類が「新型コロナウイルス感染」という大きな試練と戦い続けた1年でした。その戦いは、収束の方向が見えず、大きな不安はいまだ継続しています。
 しかし、そんな大きな試練の中でこそ、感じることができる悲喜こもごもの出来事がありました。その一つは、本年6月、私は、日本認知症グループホーム協会の代表として、老健、特養の代表者とともに、天皇、皇后両陛下におめにかかり、介護を天職として、コロナと戦う多くの介護現場の皆さまへのねぎらいの言葉をいただきました。
 第2は、コロナは、我々の生命を脅かし、平穏な日常を脅かします。半面、コロナが発生したからこそ、我々は、日々の生活を見直す大きな機会を得ることができました。例えば、これまでの仕事の取組みや時間の使い方に、ムり、ムダ、ムラはなかったかと言う仕事改革。また、マスクや手洗いの励行により、健康第一の生活が保持できていると考えます。はたして、24時間営業が真に求められる店舗や業種がどれほどあるのか。見直す大きな機会を得たともいえます。
 第3は、国民の生命、平穏な生活を守るため、心をひとつにできたことです。昨日(12月21日)開かれた日本医師会をはじめとした医療関係9団体の合同記者会見を見て、医療体制の崩壊を防ごうとする鬼気迫る気迫を感じました。私たち医療・介護・福祉を担う者にとっても、会見はまさしく我が事でありました。まさに、今こそ「緊急事態」であるとは、誰しもが認めるところでしょう。近年日本においては、国と医療・介護・福祉とが力を合わせて万民の生命が守られてきました。このすばらしい絆を守り切ることの重さを感じずにはいられません。
 私たち、高齢者ケアを支える女性の会も、国民の生命と安全、さらには平穏な日々を守るという国事の一翼を担っています。我々一人ひとりが責任を持って、取り組む仕事を全うすることで、難局を乗り越えていきましょう。

今月の言葉 (2020年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 朔風木の葉を払う侯、新型コロナウイルス感染拡大の勢いは止まらず、介護・医療はもちろん経済活動や国民生活にも大きな影響が出ています。その中で迎える3年に1度の介護報酬改定。私たち介護事業に取り組む者にとっては、ご利用者のため、職員のため、そして地域の方々のため、決して手綱を緩めることのできない季節を迎えています。
 「ご利用者の安全・満足を確保しつつ、適切な介護を提供する」、「職員が心置きなく日々の介護やご利用者を支える業務に注力できる環境をつくる」。これは、決して簡単なことではありません。この厳しい試練を乗り越えるためには、気力を充実して、事に臨まなければなりません。誤解を恐れずに言うならば、それはまさに楽しい戦いです。
 すべての現実を受け入れ、打開策を探り、解決に心血を注ぐ。それは、悩み、悲しみ、苦しみ、つらさ、腹立たしさ、もどかしさ、さらには、うれしさ、楽しさ、喜びを乗り越えての戦いです。そして、それら心の深淵を通り過ぎてこそ、「人生は楽しい戦い」といえる境地に立てるように思います。
 悲しいつらい事といえば、私はつい最近、「善は急げ、悪は延べよ」という言葉の重さを身をもって体験することになりました。事の始まりは、私が、本年9月、当法人特養のデイサービスのご利用者と交わした会話です。80歳過ぎの品のよい男性ご利用者でした。
 「デイサービスは楽しい?」
 「楽しい」と笑顔が戻ってきました。
 「何か食べたいものがある?」
 「ステーキが食べたい。家族に『ステーキを持ってきて』とは言いづらくて…」
 「では、焼肉パーティーでもしましょうか」
 私の言葉に、ご利用者は破顔し、次に、ぽろぽろと涙を流されました。約束成立です。
 私は、すぐにデイサービスでの焼肉パーティーを計画。日程、献立、肉の購入も手配しました。そこに、10月のコロナ感染拡大。パーティーは延期せざるを得ませんでした。
 そして1カ月。11月の特養のデイサービスに、そのご利用者の姿は見えません。職員に尋ねると、「あの方、お亡くなりになりました」と、思いもかけない返事。
 「善は急げ、悪は延べよ」という言葉が、大きな後悔とともに私の胸に迫った一瞬です。

 「悲しい想い、つらい思いを乗り越えてこその『楽しい戦い』」と再び思えるには、未だ時を必要としています。まずは、ご利用者のため、職員のため、地域のため、今自分のできることに全力を傾けてまいります。

今月の言葉 (2020年10月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 「寒露」から「霜降」へと移ろいゆく季節の中、我が家の旦那寺である孝恩寺観音堂にお客さまをご案内する機会がありました。
 孝恩寺観音堂の別名は「木積の釘無堂」。726年に僧行基によって建立されました。その名のとおり、創設時に釘が一本も使用されておらず、国宝に指定されています。行基がこの地域に建立したといわれる四十九院の一つです。そのほとんどは豊臣秀吉の紀州攻めの際に焼失して、孝恩寺が唯一現存するお寺です。
 境内の宝物館には、戦の炎の中、薬師池に沈めて消失を免れた仏像が収められています。阿弥陀如来坐像、十一面観音立像、帝釈天立像をはじめ重要文化財である19体の仏さまのお姿は、見る者の心を洗い、揺さぶります。久遠の時の中で衆生を見詰め続けたお心に圧倒されます。
 コロナの収束が見えない現在、全世界が閉塞感に覆われているといって過言ではないでしょう。介護・福祉・医療の現場には疲労感が色濃く漂っています。我が国の多くの企業が来年3月期の決算は大幅赤字転落。年末賞与も厳しい状況を伝えています。世界に目を転じても、混迷する米国大統領選。また、核兵器禁止条約は2021年1月発効することが決まったものの、批准国50国の中に、米英といった核保有国や日本を含む米国の同盟国は含まれていません。核廃絶の難しさを思います。これから人類はどうなっていくのか。これは多くの人々の胸にある不安ではないでしょうか。
 私は、これまでは、世の不合理に出合っても、「世の中はそんなもの」と気持ちを整理して、前向きに乗り越えてきました。このたびの新型コロナウイルス感染症についても、コロナ禍だからこそできることに取り組み、厳しい日々も「国民の生命や生活を守る医療・介護の重要性が国民に広く認められたこと」を是として、前向きに進んできました。
 しかし、久方ぶりに釘無堂の19体の仏さまの前で手を合わせると、これまで意識下に追いやっていた「世の不合理さ」、「建前と本音の違い」が、わびしさとなってひしひしと感じられてきました。人の心の綾(あや)なのか、それとも私が喜寿を迎えたからでしょうか。
 「仏さまの前では、人間の存在は何と小さなものなのか。人間の一生は何と短いものなのか」と自問自答もしました。
 しかし、私は思うのです。だからこそ、立ち止まってはいられない。まずは、目の前にある問題に立ち向かうしかない。法人の日々の現場を見直した今、次なる目標は介護報酬改定です。介護を必要とする人々、介護に力を注ぐ多くの仲間のため、適切な介護報酬の見直しに、持てる力のすべてを注いでいかなくてはなりません。
 介護施設・事業の経営者として、事業者団体の会長として、そしてまた高齢者ケアを支える女性の会として。
 今年も残すところあと2カ月。どうぞ皆さまご自愛ください。

今月の言葉 (2020年9月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 本格的な秋の到来を迎えつつも、未だ新型コロナウイルス感染症の収束の見込みは立っていません。私自身も外に向けた行動は相変わらず制限を受けざるを得ない状況が続いています。けれど、何百年に一度と言われるこの国家的危機は、見方を変えると、内なる見直しの機会になっているようにも思います。
 私の取り組んでいるのは、法人内の仕事の根本からの見直しであり、深掘りです。新たな方向、仕組み、方策の探究です。まさに私流の働き方改革ともいうべきものです。「こういう工夫をすれば、制限された環境の中で、結果は出せる」。この6カ月の間に掴んだ確かなる手応えです。
 翻って私自身の心の内を深掘りすれば、私たちの世代が歩んだ道のりは、何と幸せだったのだろうかと思います。戦火を知らず、物はなくとも、自然に恵まれた豊潤なる国土に育ちました。外遊びの楽しさを知り、人と真心を肌で感じることのできる付き合いの日々を重ねることができました。バブルの時代の日々にあっては、「努力をすれば何でもできる」という大きな可能性を信じることができました。何よりも未来に大きな夢を描き、限りない希望を持つことができました。今、閉塞感に覆われた世界の中で、子どもや若者の胸の中にはワクワクするような夢や希望が描かれているのでしょうか。
 私事で恐縮ですが、先日、私たち夫婦は、子どもと孫に金婚式を祝ってもらいました。時節がら身内だけの内輪の集まりでしたが、3歳から26歳まで、9人の孫に囲まれて思ったのは、時の流れの重さと、主人への感謝、そして、孫たちに夢と希望を持てる未来が開けてほしいという切なる願いです。
 それこそが、“幸せな世代”を歩んできた私たちの、次の世代に向けての大きな責任の一つと思います。
 2011年1月、私は、「原始女性は実に太陽だった」という平塚らいてうの言葉を引いて、本会「高齢者ケアを支える女性の会」の発足を呼び掛けました。発足10年を前に私は、「私たちの使命は、“より良い高齢者ケアの実現”を出発点に、“次の世代が、夢と希望を描ける未来を築くこと”に繋がっている」のではないかと考えます。
 「明けない夜はない」と信じつつ、10周年の節目には、会員皆さまと実際に手を取り合い、新たな誓いを確認したいと願っています。

今月の言葉 (2020年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 ゆく夏、政局が動き、私たちを取り巻く環境は混とんとしています。終息の見込みが立たない新型コロナウイルス感染症。炎暑が生み出す熱中症。各地を襲う記録づくめの豪雨、台風。一方、確実に介護を求める人たちは増えています。そのような厳しい状況の中、それぞれ地域は異なっても、守るべき人々のため、力を注ぐ仲間として、皆さまのご尽力はいかばかりかと推察しております。
 介護報酬も令和3年度の改定に向けて、大きく動き始めています。8月19日には、厚労省の社会保障審議会 介護介護給付費分科会で事業者団体ヒアリングが行われました。私も日本認知症グループホーム協会の会長として、数カ月ぶり東京に行ってまいりました。今回のヒアリングは前回に比べて、一人の持ち時間が5分と半分に短縮されました。しかし、手をこまねいてはいられません。新型コロナウイルス感染症という見えない敵と戦う協会会員の姿を思い浮かべながら、聞き取った多くの声を「協会の要望」として、冷静に、真剣に、分科会にお伝えしました。5分間は瞬く間に過ぎました。緊張の中にも前回の経験を活かして、ロビー活動も行いました。
 帰りの新幹線の中では、疲れがどっと襲ってきました。3密を避けながらの、3年ぶりのヒアリングに、知らぬまに鎧をまとっていたのだと、改めて気づきました。
 そして、月末。政治が動きました。まさか、こんなに急な動きとなるとは。世の中には思いもかけぬことが起こるものです。確かに、これから先、時代は変わっていくであろうことは予測できます。けれども、どう変わるか。すべてを予測することはできません。一喜一憂せずに、冷静に対処していきたいと思います。
 確たることは、いかなる変化の中でも、医療・福祉を求める人が絶えることはないということです。私たち高齢者ケアを支える女性の会は、今を生きる女性として、覚悟を持って、厳しくも生きがいを感じることができるこの道を、ともに歩んでいこうではありませんか。
 いまだ猛暑が続く折、皆さま、どうぞご自愛くださいませ。

今月の言葉 (2020年7月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 7月30日、台湾の民主化に力を注いだ李登輝元総統が亡くなりました。97歳になられていたとのこと。時の重みをいまさらながら感じます。
 李登輝元総統は、1923年日本統治下の台湾に生まれました。京都帝大に学び、学徒動員で陸軍高射砲部隊に配属され、少尉として終戦を迎えました。終戦後に戻った台湾では、台湾の人のための台湾の民主化に力を注ぎ、台湾総統に就任したのは、皆さまご承知のとおりです。
 「私は22歳まで日本人だった」とは、たびたび紹介される李登輝元総統の言葉です。農業経済を専門とする一方、日本の文化にも大変造詣が深く、「日本人として生まれ、台湾人として生きたこと」を誇りとされていました。
 私の記憶に残る李登輝元総統の言葉に次のようなものがあります。2011年3月、東日本大震災の被災者に向けた言葉です。
 「皆さまの不安や焦り、悲しみを思うと、切り裂かれるような心の痛みを感じています。あきらめないでください。自信と勇気を奮い起こしてください」
 李登輝元総統の「台湾化」、「民主化」の旗を掲げた不屈の闘いの軌跡を思えば、心に重く響く言葉です。そして、コロナ感染拡大、相次ぐ自然災害の中で大きな不安の中で揺れ動く私たちにとって、今後を強く生き抜く「よすが」となる言葉です。
 李登輝元総統が残された言葉の中で、最も私の心に刻まれているのは「誠実自然」という言葉です。まさにそのお人柄、生き様を表す言葉ではないでしょうか。「指導者は誠実自然であるべき」をモットーに、生涯を貫かれたといえましょう。自分の使命を誠実に果たしていけば、自然と事はなるべくしてなっていく。暗闇を照らす一条の光ともいえる言葉です。
 そして私は、思うのです。我が使命と定めたことを誠実に積み重ねていけば、それは必ず天の知るところとなると。
 コロナを越えて、改めて「高齢者ケアを支える女性の会」を開催できる日まで、「誠実自然」を心に刻んで、過ごしてまいりたいと思います。
 皆さま、どうぞ、その日までお体を大切に。そして、さらなるご活躍を。

今月の言葉 (2020年6月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 「高齢者ケアを支える女性の会」の皆さまは、令和2年6月に咲く菖蒲の花をどのようにご覧になっているのでしょうか。「新型コロナウイルス感染拡大」に関する緊急事態宣言が解除されて1カ月。未だ、“コロナ完全終息”の兆しは見えていません。介護、医療、教育をフィールドとされる会員の皆さまの日々のご苦労、ご心痛がどれほどのものか拝察いたしております。
 このような状況の中、皆さまにご報告申し上げたいのは、6月23日、厚生労働省大島一博老健局長、全国老人保健施設協会東憲太郎会長、全国老人福祉施設協議会平石朗会長と日本認知症グループホーム協会会長の私は、赤坂御所で天皇、皇后両陛下に、ご接見いただきました。私どもからは、コロナにかかわる介護現場の状況をご説明申し上げました。天皇、皇后両陛下は、ご熱心にメモをお取りになりながら、お聞きくださいました。そして、介護現場へのねぎらいのお言葉を賜りました。
 両陛下の介護を取り巻く現状についての深いお心配り、さらに私たちの説明の中から多くのことをお聞き取りになり、お心に刻み込もうとなさるお姿に、まことにありがたく、身の引き締まる思いがいたしました。
 我が国がいかなる困難に出合おうとも、天皇、皇后両陛下の国民に向けた限りなく優しく慈愛に満ちたまなざしを感じることができる限り、我々は再び立ち上がる力を奮い立たせることができると確信いたしました。
 一方、このたびの100年に一度ともいえる大きな危機は、我々の介護への思いを改めて気付かせてもくれました。面会を制限せざるを得ない状況が長く続く中で、玄関に置いたタブレットをとおして、入所や入居の皆さまがご家族と触れ合うことで喜びの涙を流す姿。その姿を見守り、「やはり、この仕事に就いてよかった」という職員の言葉。それらを目の当たりにして、私も自身も「我が道にあやまりなし」との感慨を新たにいたしました。
 なお、すでにお知らせしたように、「高齢者ケアを支える女性の会」の「令和元年度事業報告」、「令和元年度決算報告」、「令和2年度事業計画」、「令和2年度予算計画」を議題とする総会は、新型コロナウイルス感染防止のため、平成2年6月29日書面評決にて行います。
 皆さま、直接お目にかかれる日を心より待ち望んでおります。
 どうぞ、ご自愛くださいませ。

今月の言葉 (2020年5月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 紅花の季節を待っていたかのように、この5月25日「新型コロナウイルス感染拡大」に関する緊急事態宣言は全面解除されました。しかし新型コロナウイルスが人類に落とした影は大きく、また第2波、第3波の感染到来も懸念されるところです。この先、長く続く厳しい道のりに、どう対応するのか。私たちには、重い課題が残されています。
 厳しい日々を過ごす中で、唯一の救いともいうべきものは、我が法人のケア、運営、経営の取組みを原点から見直すことができたことでしょう。私は、今回、「組織とは、節目節目に、原点からの見直が必要だ」ということを実感しました。たとえどんなに忙しくても、節目節目の見直を行うこそが大切と痛感しました。真っ直ぐに天空に伸びる竹。あの竹が竹らしく存在することができるのも、竹の内部に規則正しくつくられた”節”の存在があればこそと合点します。
 実際に、毎日、職員とともに介護や、運営、経営の現場に立ち、これまでの取組みを見直しました。ケアは利用者の視点に立って行われているか。近隣や行政の設備・施設を活用したほうがよいものはないか。医療連携は適切に保たれているか。職員の配置は適正か。算定できる加算は取れているか。職員の意欲を引き出す環境となっているか。等々、数え上げればきりがありません。
 国の新型コロナウイルスに関する補正予算も、一次、二次と打ち出されました。打ち出された支援策や支援交付金をどのように活用するか。情報を正しく受け止め、国や自治体の事業を分析し、正しく、迅速に申請する。このことが今後の各法人の運営・経営の行方を大きく左右する分水嶺になるものと推測します。
 そのためには、事務方の力が重要です。「人は石垣、人は城、人は堀」とは戦国の武将・武田信玄の言葉ですが、国難の時にこそよき人材が光り、その光に支えられるのは、昔も今も変わりはありません。
 職員とともに組織をあげて、先の見えないこの戦いを乗り越えていきましょう。

今月の言葉 (2020年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 「新型コロナウイルス」が猛威を振るっています。
 謹んで、亡くなられた方々に、お悔やみを申し上げます。また、感染なさった皆さまの一日も早い回復をお祈り申し上げます。
 まさに新型コロナウイルスとの戦いは、第三次世界大戦ともいえる様相を呈しています。見えない大きな敵とどう戦うか。このたびの戦いは我々人類に与えられた大きな試練といえましょう。今までのモノにあふれた世界から、一つひとつを大切に、しっかりと取捨選択をしていくという人間本来あるべき原点を思い出しました。さまざまな生活制限がある中で、残されたもの、今手に入るものをいかに十二分に使うか。考える力、工夫する努力の大切さを思い起こしました。
 このような厳しい状況の中で、日々医療、介護に携わる方々。そのご苦労を思うと、心が痛みます。このたび、全国老人保健施設協会、全国老人福祉協議会、日本認知症グループホーム協会、日本介護福祉士会、日本介護支援専門員協会の5団体で、介護で頑張っている全国の職員にエールを送るビデオをつくりました。それぞれ1団体30秒のビデオを取って、繋ぐ方式です。
 4,5日、職員とともに頑張りました。表現していくことがいかに難しいか。カメラの前の私に、「もう少し上を向いて」、「もう少しゆっくり」と声を掛ける職員はギャラ―であると同時に監督でした。協会事務局や職員の意見を取り入れて、30秒の世界が出来上がりました。他人の意見を聞くことの重要さを感じました。
 動画はユーチューブでご覧になれます。皆さまにご覧いただき、批評をはじめとしたご意見をいただけたらと思います。
 厳しい状況はまだ続きます。会員の皆さまのご苦労もいかばかりかと拝察いたします。
 必ず、暗雲が晴れる日はやってくると信じつつ、気持ちを切らさずに、ともに日々の戦いを乗り切っていこうではありませんか。

今月の言葉 (2020年3月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 私は、2月の「今月の言葉」で、「新型コロナウイルス」の脅威と、ともに闘い抜くことを、皆さまに呼び掛けました。それから1カ月。コロナの嵐は、さらに激しく吹き荒れています。まさに、天から人類に与えられた大きな試練といえましょう。今こそ、これまでの歩みを止めて、生きることの原点を見直す時期であると考えます。
 実際に、コロナの影響で、東京や地元の大阪でも、次々と会議が中止となっています。その結果、平素の公的役割を果たすための移動時間に追われる日々から、“家業”に集中する時間を過ごす日々となっています。医療・介護の法人責任者として、コロナウイルスの脅威から、ご利用者、患者さん、職員、そのご家族、そして地域の人々を守るという緊張感を持って、見えない敵と戦う日々を送っています。
 同時に、この数年気にしつつも片目をつぶってやり過ごしてきたことを、両目を開いて正面から見据えることができました。そして、大いに反省させられました。
 特に反省したのは職員教育です。この1カ月間、職員のそばにいて見えてきたのは、“職員のがんばり”です。職員は時とともに成長していました。18歳で入職した新人は、10年を経た今、家庭を持ち、背負うものも大きくなっていました。日々の仕事の中から独力で学び、また仲間や組織からも学び、大きくなっていました。私が留守をしていても成長していたことをうれしく思いました。
 さらに、私が思ったのは、法人の責任者として、彼ら彼女らの社会的進歩にも力を貸さなくてはならないということでした。国家的危機、世界的危機に直面している今こそ、自分の取り組む日々の仕事を、広く社会と連なってとらえることのできるプロフェショナルであったほしいと願います。
 組織の責任者には、職員の成長を促す大きな責任があるということを改めて認識しています。一つの階段を上がったら、また、次の階段が待っています。さらに、一人の人間の人生には終わりがあっても、仕事には終わりがありません。だからこそ、職員一人ひとりを大切に育て、想いを次世代に繋いでいく。このことの大切さを考えます。
 一日も早いコロナの終息に向けて、今自分のできることを確実に積み重ねてまいりたいと思います。
 ともに闘いに勝ち抜いて、皆さまとお目にかかれる日を楽しみにしております。

今月の言葉 (2020年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 世の中、「新型コロナウイルス」の衝撃で埋め尽くされています。テレビの画面を見れば、刻刻と都道府県ごとの感染者数が更新されています。まちには、マスクを買い求める長い列ができ、今は、安倍総理が全国の小学校、中学校、高等学校、特別支援学校に要請した「1カ月間の臨時休校」について、賛否両論の声が渦巻いています。それはパンデミックの様相にほかなりません。
 地球温暖化が進み、一昨年、昨年と自然災害の恐ろしさを知り、人智では及ばぬ出来事の連続に、人間の無力さを再認識しています。と同時に、このような時にこそ、リーダーには、リーダーたる資質が求められることを痛感しています。的確で迅速な判断力。人を守ろうとする責任感と覚悟。こうしたリーダーの資質が、後に続く人々の生活や時には生命さえも左右することを、今、目の前の現実として実感しています。
 これは危機管理そのものです。武器を持つことなく、目に見えない敵と戦っている。まさに、人類存続をかけた戦争のように思えてなりません。
 そして、私たちも、高齢者、障がい者という弱い立場の人々を守るため、日々あらゆることに気を配り、神経をすり減らしながら戦っています。
 「医療」、「福祉」、「教育」は、国民生活の原点です。国は経済成長ばかりを追いかけることの不自然さ、危うさに、もっと早く気付くべきではなかったかと考えます。
 高齢者ケアを支える女性の会の皆さまは、今、それぞれの福祉、医療、教育の現場で、それぞれの戦いに臨んでいらっしゃることでしょう。
 我々女性の力を十二分に発揮することを求められる時が今であると考えます。
 互いに仲間の存在を身近に感じつつ、冷静な判断力と熱い心を持って、それぞれの戦いをがんばり抜きましょう。

今月の言葉 (2020年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 令和初の新年一般参賀の皇室のご様子をテレビで拝見いたしました。天皇陛下のお隣には皇后雅子さまが、上皇さまのお隣には上皇后美智子さまが寄り添っていらっしゃいました。
 私は、高齢者ケアを支える女性の会の設立の言葉に、「原始女性は実に太陽だった」という平塚らいてうの言葉を引用しました。このたびの一般参賀のご様子を拝見して、女性は男性を支えながら、その場その場を明るく照らすということを改めて強く感じました。
 続いて、お詫びを申し上げなければなりません。1月11日に行われた本会の令和2年最初の研修会に、私はインフルエンザA型にかかり、入院。ドクターストップがかかってしまいました。普通のカゼならば、医師の言うことを聞かずに出かけていたでしょうが、さすがにインフルエンザでは……。断腸の思いでした。
 講師の厚労省老健局の大島一博局長をはじめ、会員の皆さまには、ご迷惑をおかけしてしまい、大変失礼いたしました。
 病院のベッドで、研修会場から順次入る皆さまのお見舞いのメールからも、この日の会の様子が伝わってきました。大島局長のご講演は今後の介護を巡る動きや具体的施策が盛り込まれていてわかりやすくしかも聞き応えのある内容だったこと。大島局長を囲んでの食事会は、和やかなうちにも、真剣に意見交換がなされたこと。そして、会の進行も素晴らしいものであったと聞いて、大変うれしく思いました。
 その夜遅く、当方法人の古川が研修会場のテーブルに飾られていたお花を届けてくれました。枕元に飾るとあたかも会場の雰囲気を伝えるかのような華やぎが醸し出されました。

 令和2年が、大きな自然災害とは無縁の、穏やか心1年でありますように心から祈っております。
 では、次の集まりは春。元気にお目にかかりたいと思います。

今月の言葉 (2019年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 令和元年も残すところわずかとなったこの季節、私は、2つの喜びを実感しました。
 一つは「共に笑う喜び」。そしてもう一つは「共に働く喜び」です。
 第一の「共に笑う喜び」を感じたのは、私が経営を引き受けて1年が経つ特養のクリスマス会でのことです。この日、私は、3歳と小学1年生の2人の孫を連れて、クリスマス会に参加しました。2人の女孫の衣装は、3歳の孫はサンタ、1年生の孫はトナカイです。大歓迎を受けました。幼子を見るご利用者のまなざしは、優しさに満ちています。ところが、3歳の孫は大勢のお年寄りに囲まれ、緊張して、私にしがみついてきました。
 ボランティアの方がジングルベルをピアノで弾き始めました。私は、孫の緊張感をほぐそうと、孫の手を取りピアノに合わせてダンスを始めました。孫の体がだんだん緊張がほぐれてくるのが分かりました。一所懸命踊る小さなサンタさん。私が見ても思わず「かわいい!」と思う愛らしいサンタクロースに、入所者の皆さん、ご家族、職員、地域の皆さんから大きな拍手が起こりました。
 次々に、入所者の方々が参加してきました。おばあちゃんは男性のスタッフと、おじいちゃんは女性のスタッフと。共に手を繋いで踊ります。ダンスの輪ができました。笑顔、笑顔、笑顔です。3歳の幼子から100歳のお年寄りが、同じ場所で、同じ空気を吸い、同じピアノの演奏に合わせて踊る。素晴らしいなと思いました。
 その2日後、私は第2の喜びを噛み締めることになりました。開設して27年、私が最初に介護事業に足を踏み入れた老健施設の全体会議でのことです。20歳から80歳前の、幅広い年齢層の職員が各部署から集まっての会議です。最初の私のあいさつで、ふっと口に出たのは「皆、一所懸命働きや」という一言です。まさに、経営者としては、『パワハラでは?』と思われる発言かもしれません。
 しかし、私は秋口に膝を痛めて、歩くにも杖を必要としていた時期がありました。その時の辛かったこと。もどかしかったこと。そこから回復して、私は、前にも増して、体を動かし、仕事の現場も歩き回ることができるようになったのです。そして、今、まっすぐ私を見つめる老若男女の職員がいます。彼らの視線を感じた時、私はまさしく「共に働く喜び」を感じたのです。
 働きたくても働けないもどかしさは本当に辛いものです。働くことは元気だからこそできること。生を受け、健康に恵まれ、仲間と出会い、共に働ける幸せ。私は、思わず職員に向けて、「働ける時は全身全霊で働こう」と語り掛けていました。
 2つの喜びは、いみじくも「共に」が共通項となっています。改めて、共に生きる幸せを感じました。
 皆さま、よいお年を。新年の研修会でお目にかかれることを楽しみにしています。

今月の言葉 (2019年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 朔風木の葉を払うこの季節、友人と4人で5日間のバカンスに出かけました。行先はモルディブ。機内から見る日の出の美しさは、息をのむほどでした。
 シンガポールで乗り継ぎ到着したモルディブの海は、どこまでも碧く、穏やかで、自然の美しさに満ちていました。モルディブの海と空。急にスコールが訪れ、また、すっと去っていくのも、何とも清しい空気を生み出していました。
 モルディブでの正味3日間、手足を空中に広げて、のんびりと過ごしました。心身ともに自然の懐に抱かれて、忙しい日常も、嫌なことも、ストレスも忘れ去った時間でした。輝きを増しながら昇る朝日、一日の燃焼を終えて静かに沈む夕日。人間の存在の小ささを思いました。あれこれと思い悩むことの馬鹿らしさを感じました。
 日ごろは忘れていたもの。「光の陰影」や「かすかな風の流れ」、「大気のにおい」を感じました。心が開放されました。そして、思ったのは、こうした自然をダイレクトに感じることができるのは、やはり健康であればこそ。「健康であれば何でもできる」という手応えでした。
 5日間は瞬く間に過ぎました。昨日遅く帰国し、今日から仕事です。仕事を離れていたのは、わずか5日。ところが、不思議なことに、モルディブに行く前と、帰ってきてからでは、見えることが異なりました。いつもと同じに流れる仕事の中にも違った世界が感じられるのです。これまで一方向からだけ眺めていた出来事が多角的に見えるのです。それがとても新鮮に思われました。モルディブでの3日間がこんなにも、自分の心に変化を起こしたのかと、改めて感じます。
 人間の存在は小さなものです。それは、「井の中の蛙」にもたとえられるものです。でも、私は思うのです。日ごろは小さな井戸の中でもがいていても、時に井戸から飛び出して、外の景色、大きな世界に触れることが、新たな可能性に通じていくということを。
 そして、改めて思うのは、健康であることの大切さ。気力を養うことの大切さ。健康で、気力さえ持ち続け、あきらめずに取り組めば、必ず道は開かれる。そう素直に思えます。
 令和元年も残すところあと1か月。さらに、体力、気力を充実させてまいりたいと思います。
 皆さまに、1月13日の研修会でお目にかかることを楽しみにしております。

今月の言葉 (2019年10月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 燈下親しむ候、私は、改めて読書の楽しみを味わう幸せを感じています。
 2,3日前に読了したのは、百田尚樹の『海族とよばれた男』です。
 主人公は、出光興産の創業者である田岡繊造氏がモデルです。今から73年前、敗戦により日本国民が途方に暮れ失意の中にいる時、すでに老境に入ろうとしていた主人公は、わずかに残った社員を前に、我が店の再建を誓います。「一人の馘首も認めない」。主人公のこの言葉は、これからの厳しい道のりが予想される中にあって「人間尊重」の強い決意の現れといえましょう。
 主人公を支えるのは、「正義は必ず勝つ」、「黄金の奴隷になるなかれ」という強い信念です。不正に負けず、誘惑に惑わず、妥協を排し、信念を貫きとおした主人公の生きざまに心打たれます。男性として、事業者としての理想像を見る思いがします。
 我が身を振り返れば、父が戦地から帰って河﨑医院を再開して以来73年。父の思い「我が地域を、医療、介護、教育の共存する日本のケンブリッジに」を次代に繋ぐべく、平成5年には、老人保健施設の開設に踏み出しました。事業規模は、『海賊とよばれた男』に及ばなくとも、「職員とご利用者と地域の皆さまの満足」あっての事業展開という人間尊重の心は、私の内にも燃えています。「我が想いに正義がある限り、必ず道は 拓かれる」との思いで歩んできた歳月です。
 一直線に目の前に広がる道を歩んできた私に、読書は「周囲」と「我が来し方」を振り返るゆとりの時間を運んできてくれたようです。

 95歳で臨終を迎える『海賊とよばれた男』の枕辺には、こよなく愛した仙厓の『双鶴画賛』の掛け軸が飾られていました。
 ~鶴は千年 亀は万年 我は天年~
 『双鶴画賛』のこの3行に、老いることをポジティブにとらえ、天年を天命ととらえて、激しく、強く生きた一人の日本男子の生命の輝きを見た思いがしました。

今月の言葉 (2019年9月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 2019年9月29日の朝刊各紙には「奇跡」、「大金星」の文字が踊りました。ラグビーワールドカップの日本代表の活躍を報じたものです。日本は優勝候補といわれるアイルランドに対し、前半リードされながらも、19対12と逆転し、日本中を沸かせました。

 9月に入って以来、暗い、悲しい、心配なニュースが続いていました。実際に、以前は考えられないような災害、事故、事件が起きています。
 9月9日千葉県に上陸した台風15号は、千葉県内に大規模停電を引き起こし、大きな被害を生みました。復旧作業は手間取り、長期にわたる停電・断水は、千葉県の人々に厳しい生活を強いる結果となりました。9月25日に『完全復旧』のニュースが流れたものの、「隠れ停電」等の存在もあり、その後、高齢世帯や介護施設が滞りない日常生活を過ごされているか、心配が残るところです。
 子どもたちをめぐる悲惨な事件も続きました。わが子を殺す義父、生活苦で実子を殺害してしまう父母。一方、親の心を締め付けるような子どもの行方不明も起きています。わが子から一瞬目を離したと自分を責めるお母さんの『悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない』という苦しい叫びは、子育ての経験のある私たちの心にも重く響きます。
 かつては、子どもは元気に外で遊ぶものであり、親もそのことに何の不安を持たずに子どもを送り出していたものです。子どもたちが外で自由に遊べる世界が確実にあったような気がします。時代とともにその安全神話が崩れてしまいました。冒頭のラグビーW杯で見た奇跡の文字を再び見ることを心から願っています。
 光と影が背中合わせの9月でしたが、元気を取り戻すように、「9月の言葉」を締めくくりたいと思います。
 私が申し上げたいのは、ラグビー日本代表の勝利は、大きな力の結集であったということです。後半逆転トライを奪った福岡選手をはじめ日本選手の活躍が目立つ中、日本チームの先発の布陣には6人の外国人選手が含まれていました。途中からの出場で、試合の流れを有利に変えた外国人選手もいました。なんともうれしい『力の融合』です。
 私たちの介護の領域でも、今、外国人のヘルパーの採用が始まり、定着への努力が行われています。『日本』、『我がチーム』を広く世界に枠を広げて考える。ともに力を尽くそうと飛び込んできた相手を受け入れ、理解し、情報を共有し、切磋琢磨して、強いチームをつくることの大切さ。今回のW杯の試合で、このような思いを持ちました。

 深まりゆく秋、いろいろ大会、勉強会が続きます。皆さまの一層のご活躍をお祈りいたしております。

今月の言葉 (2019年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 この8月は、自然の恵みと脅威を同時に感じる夏となりました。
 連日続く猛暑は、山の緑、海の青と空の雲の白を際立たせ、モモ、スイカ、なし、ブドウと甘い果実を私たちに届けてくれました。
 一方、大雨が日本各地を襲い、その被害は建物、作物だけでなく人にも及んでいます。そうして、悲しいことに、人の心の闇が引き起こす残忍な事件も新聞の紙面をにぎ合わせました。被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
 「8月の私」はというと、白内障の手術をしてから、愛読書として2冊の文庫本に出合いました。原田マハさんの「楽園のカンヴァス」、「暗幕のゲルニカ」(ともに新潮文庫)です。作家でありキュレーターである原田マハさんの小説は魅力的です。実際にニューヨーク近代美術館に勤務していたことのある原田マハさんが描き出す小説の世界は油絵の筆のタッチそのものです。その面白さ、ドキドキ感は、小学校の時に、担任の先生から“読書の楽しさ”を教えていていただいて以来のことです。本のページを繰るごとに、「次はどうなるの?」という思いが膨らみます。
 本のテーマになっている「ピカソの絵」をぜひ自分の目で確かめたい。このことが今の私の夢になっています。夢を追いかけて、『青春』を取り戻しました。
 『青春』といえば、生き生きと人生の青春を謳歌しているがごとく活躍している一人の友人がいます。彼女は私の大学時代の級友です。現在はボランティアに近い形で、ツアーコンダクターをしています。彼女は先日、関西で指導的な地位にあるキリスト教(カトリック)の神父様数人を含む26人の『イスラエルへの巡礼の旅』(10日間)に出発しました。彼女自身が敬虔な信者です。彼女の溌溂とした表情やエネルギーに感動しています。人間いくつになっても、興味のあることを追い続けることの大切さを改めて感じます。
 次回彼女とお会いしたら、イスラエルの旅についてどんな話が聞けるのか。今から楽しみにしているところです。

今月の言葉 (2019年7月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 「大暑の候」真只中の7月30日、高齢者ケアを支える女性の会は、夏の研修会を、東京都町田市の社会福祉法人合掌苑で、開きました。研修会開催にお力添くださった吉井敦子先生、安藤高夫先生に、心から感謝を申し上げます。
 研修会では、合掌苑のマネジャーの森田健一さまを講師として、「働きやすい職場づくり」をご講演いただきました。
 森田マネジャーは、合掌苑の「女性が働き続けられる仕組み」の具体例を細かに説明されました。
 まず、社会福祉法人合掌苑の強い組織運営力に感銘を受けました。講演では、課題認識と成長戦略についての合掌苑の考え方が明確に打ち出されていました。また、合掌苑の多様なお取組みが、「地域ニーズに応える」と「リスク分散」を強く意識して進められてきたものであることがよく分かりました。
 具体的には、経費削減と現場の気づきによる生産性の向上、夜勤専従化やボーナスや退職金を月給の中に入れ込んだ給与制度の充実。その結果、経営数値としての人件費率は7~8割とお聞きして、驚きました。
 これまでも、こうした制度を部分的に取り入れている法人のお話はうかがったことがありました。しかし、ここまで徹底して組織的に、継続的な取組みを推し進めていることに、目を見張らされました。さらに、こうした驚きを大切に、いま一度、自身の経営に対する考え方を見つめ直すことも大切と考えました。
 今回の研修は、現地集合,現地解散。午後1時受付で1時間30分の講演とその後の施設見学。3時40分には、私を含めた研修参加者の15人は、熱暑がまだまだ残る中、帰途に就きました。「次回お目にかかる折にはゆっくりと」との心を残しつつ、それぞれの仕事の場に向かって。

 梅雨が明けて、さらに暑い日が続いています、皆さまどうぞご自愛ください。

今月の言葉 (2019年6月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 平成元年6月27日、陸上日本選手権男子100mで、サニブラウン選手が10秒02の日本新記録で優勝する場面をテレビで見ました。サニブラウン選手の国籍は日本。テニスの大坂なおみ選手をはじめ、今や、世界に発信する日本人の存在感が高まっています。
 世界と言えば、今度はG20大阪サミットについてのお話。同じく6月27日、私は新幹線に乗るため、車で新大阪に向かいました。翌28日、29日大阪で開催されるG20 大阪サミットに各国要人が出席するため、高速道路や一般道路を含めて交通規制が行届いていること。まるで、元日の御堂筋のような様子を呈していました。、その規制に粛々と従う日本人の生真面目さを感じました。
 「世界と日本」をキーワードに周囲を見回すと、スポーツ、音楽、文化とあらゆる領域で、日本人が世界に大きく進出し、活躍しています。また、外国人の日本における活躍も目立ちます。こう考えると世界は狭くなったというのか、『島国』と揶揄されるように言われた“わが国を囲む枷”が外れてフィールドが広がったのか。いずれにしても感慨無量です。
 同様の変化は、介護の領域にも起こっています。
 東南アジアからの外国人留学生が今や、介護の現場にも数多く見受けられるようになっています。彼らは、さまざまに夢を持って日本にやってきて、介護の現場で働いています。今後、外国人労働者は新たな制度の中でさらに増えていくことでしょう。
 人材確保が困難な中、元気な高齢者の雇用とともに外国人労働者の雇用は避けてとおれない問題です。言葉の壁を越え、生活習慣の違いを乗り越えて、働く彼らをどのように受け入れ、支えていけばよいか。高齢者ケアを支える会の皆さまにとっても共通の課題ではないでしょうか。
 彼らがこの国で介護の知識を学び技術を身に着け、多くの介護の心に触れ、やがては彼らの国で、彼らの介護を展開する姿に思いを馳せると、新たなかかわり方が見えてくるような気がします。そう考えると、外国人労働者の受入れは、単なる自施設の人材確保にとどまらず、東南アジアの国々への貢献といえるのではないでしょうか。
 7月30日の令和元年度の第2回研修会で、お目にかかれることを楽しみにしています。

今月の言葉 (2019年5月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 令和元年5月、仕事で宿泊したホテルの窓から眺めた『東京スカイツリーと昇る太陽』は、まさに、新たな時代の到来を強く感じさせるものでした。
 午前4時半過ぎに目を覚ました私は、ベッドの中から白み始めた窓の外へと目をやりました。遠くに東京スカイツリーが黒いシルエットとなって浮かんでいます。それから数分後、みるみる周囲が明るさを増し、スカイツリーの根元部分から大きな太陽が浮かび上がってきました。不思議なことに周囲は明るさを増すものの、太陽の輪郭はしっかりとこの目にとらえることができます。
 東京スカイツリーは、周知のとおり平成24年5月22日東京都墨田区押上に建てられた世界一高い電波塔です。その高さは東京タワーの約2倍。遠くから望む姿は、日本建築に見られる「そり」や「上部に向かって凸型に歪曲する輪郭、むくり」を持っています。その免震構造は、五重塔の「心柱制振システム」という古来の技と、日本の最新技術の粋を集めた免震システムになっていると聞きます。
 それにしても、何と大きな太陽でしょうか。日の出から15分後には、太陽は燃え立つように明るさを増し、もはやその輪郭をはっきりとつかめないほどの輝きで、スカイツリーに光を注いでいます。
 これから太陽はさらに天空高く昇り、輝き、地上に光を注ぎ、人々の暮らしを照らし出すことでしょう。そして日没前の太陽は、夕陽となって一日の最後の輝きを放って、燃え尽きるように沈むことでしょう。
 太陽の一日の軌跡は人間の一生にも例えることができましょう。我が一生もかくのごとくありたいと思います。ただ、「太陽の一日」と「人間の一生」の違いは、太陽は沈んでも「日はまた昇る」ということです。
 そうであるならば、「我が人生は一度」と覚悟しつつ、たとえ状況が厳しい一日を迎えても「日はまた昇る」と信じて燃焼したい。令和の輝く朝日の中で、そのような思いを新たにしました。
 暑さに向かいますので、皆さまご自愛ください。

今月の言葉 (2019年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 平成に残された時間もあとわずかになりました。今やテレビや新聞の話題も新たに迎える令和の時代に移っているようです。
 しかし、私は決して過去にとらわれるわけではありませんが、この平成が大変愛おしく感じるのです。
 客観的に平成を振り返ってみると、我が国は戦争こそ経験しなかったものの大きな自然災害との闘いの30年だったような気がします。平成元年の雲仙普賢岳火砕流に始まり、我が国は、幾たびもの猛暑、豪雪、豪雨、台風に見舞われてきました。そして、大きな地震、それに伴う恐ろしい津波。いったい何人の尊い命が失われたことでしょう。心からご冥福をお祈りしたいと思います。
 一方、経済の動きに焦点を絞ってみると、平成元年は、バブル真っ只に始まりました。平成元年12月30日の新聞各紙の一面に、「日経平均株価が史上最高値」の文字が踊ったことが記憶に残っています。そして、翌平成2年には、バブル経済が崩壊。その後の日本経済は、消費税導入、デフレ不況、りーマンショック……と。「失われた30年」が現在、取り戻せているかといえば、答えは「NO」と言わざるを得ないでしょう。
 それでも、私は、この平成の30年と3カ月を愛しく思うのは、この年月は、私が介護の仕事に目覚め、歩き出し、数々の利用者や仲間と出会った日々だからです。
 平成元年、新しい時代を迎えた私は、生活の主軸を家庭から介護事業へと移したいと考えていました。父、主人の背中を見つめ、自らも地域を見つめて、環境を整えていきました。そして満を持して、100床の老人保健施設の開設にこぎつけたのは、平成5年のことです。それから今日までの歩みの中で私が感じた喜び、流した汗は、女性の会の皆さまには、よくご理解いただけるものと思います。
 「よくぞ、ここまで歩いてきた」というのが平成を見送る私の今の心境です。
 そして、令和の道に踏み出すに当たって思うのは、「熱い心と健康な体で、五感を研ぎ澄まして、一歩いっぽを進めれば、いかなる時代も乗り越えられる」ということです。また、「乗り越えていかなければいけない」とも思うのです。
 この一文を平成への送別の辞として、来る5月11日には、皆さまと、「高齢者ケアを支える女性の会」の令和元年の第一歩を踏み出してまいりたいと思います。

今月の言葉 (2019年3月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 すりガラスから透明ガラスへ。桜が開花する3月、私は白内障の手術を受けました。
 手術に踏み切った理由は、このひと月、ものへの反応が以前と比べて、「少し時間がかかるようになった」と感じたことによります。最初は、単なる老化現象の一つとも思いました。しかし目からの刺激が脳に伝わるといいます。そう考えると、「目に何か問題があるのではないか」と思うようになりました。
 眼科医師の娘婿の診察を受けると、「白内障が進んでいます」との診断。すぐに白内障の手術を決断しました。
 入院は3泊4日。手術を受けて、翌日の朝には眼帯が取れました。
 その時、病室の窓から見上げた空のなんと青かったこと。また鏡を見て、「自分の顔のしわがこんな目立つなんて…」とも気づきました。
 “すりガラスで見る風景”と“透明ガラスで見る風景”では、その様相はこんなにも異なる。これが実感です。
 短期間の入院で、私の両眼はすっかり若返りました。透明ガラスとなった我が目をとおして、さまざまな変化が訪れています。急に本が読みたくなりました。周囲のほこりもはっきりと見え、我が家の掃除が気になりました。そして、「きれいなものに包まれていたい」。そんな思いも湧いてきました。
 透明ガラスで見ることは、私自身の思いや感性、思考回路にも変化をもたらしました。そして、その変化は、身の回りから組織に、さらに社会へと、広がっていきます。
 年を重ねつつも、私の視力は20歳。

今月の言葉 (2019年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 如月は、冬が終わり、春に向かって万物が動き出す季節です。各地から梅便りが届いています。梅の花言葉は、高貴、高潔、忠実、不屈とあります。
 私が“子育て”と“妻”の日々から、老健施設の開設に取り組んで、26年が経ちました。この間、経営者としての日々を支えていたのは、この梅の“花言葉”の中にみられる「忠実」、「不屈」の精神といえます。我が志に忠実に、いかなる困難も不屈の精神で乗り越えてきました。組織のトップとして、リーダーシップと実行力を大切にしてきました。
 そして今、組織を存続していくためには、何よりも職員教育が重要ということを実感しています。ご利用者の皆さまに、満足いただけるケアを提供する。そして、立ち止まることなく、昨日より今日、今日より明日を目指してレベルアップを図る。このことを改めて感じたのは、近頃、法人で介護現場の生産性向上を見直す事業を受託する機会を得たことにあります。
 高齢者ケアを支える施設として、事業所として、現在取り組んでいるケアを科学的に振り返り、検証し、見つめ、改善する。モデル事業に取り組むことをきっかけとして、おのずから学び成長する職員の姿を私は大変頼もしく思いました。
 時の流れは速いものです。「少年老いやすく学成り難し。一寸の光陰軽んずべからず」の詩文にあるように、時はあっという間に流れていきます。だからこそ一刻も無駄にせず学ぶことに力を注いでいかなければなりません。
 何よりも、時の流れはいかなる人にとっても平等です。時の流れをつかむことができるか、できないか、その結論は、一人ひとりの努力に帰すものです。だからこそ、私たち組織の責任者として、努力する職員のために、しっかりと教育の機会と教育の環境をつくり上げることの責任は重いと考えます。
 季節は早や桜の季節への移ろいを見せています。職員の一人ひとりの学びや努力が積み重なって、国の制度を変革し、支えていく。このことを職員と共に実感しつつ、春を迎えられることをうれしく思っています。

今月の言葉 (2019年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 2019年1月31日午後、ホテルニューオータニで開催した平成30年度第3回研修会は、厚生労働省・前事務次官の蒲原基道先生をお迎えし、介護の未来と共生社会を考える意義ある機会となりました。
 研修会に先立って開かれた理事会では、4人の新入会員が紹介され、高齢者ケアを支える女性の会が着実に全国にその輪を広げていることが実感できるうれしい結果となりました。
 また、議題の一つである本会の10周年記念事業については、2011年を目指して、プロジェクトチームを発足させて、対応していくことが確認されました。皆さまの意見を広くうかがい、私たちにとって、新たな未来を見つめた記念行事になることを願っております。
 次回理事会、研修会については、総会と同時開催で、金沢シェアの雄谷良成理事長を講師にお招きすることになりました。
 午後4時から開始した研修会は、蒲原基道先生をお迎えした、「高齢者などの地域包括ケアと地域共生社会」をテーマにご講演をいただきました。蒲原先生は障がい、精神障がいの部局でのお仕事も長く、高齢者が暮らす社会を、高齢者ご自身、障がいのある方、病気を持つ方、子育て中など、重層的に構成されることの意義と、その具体的な取り組みをお話になりました。
 食事をはさんで、蒲原先生から強くご要望があった、会員の介護取組みの発表と意見交換となりました。鈴木三千代さまがグループホーム、竹中昭美さまが特養、吉井敦子さまが老健施設と、各法人の取組みを発表。蒲原先生からは、細かいご質問が出て、双方向のコミュニケーションを大切にされる蒲原先生の姿勢に感銘を受けました。
 トップとして資質はいろいろなことが求められると思いますが、私はとりわけ、以下の4つが重要と考えます。
 第一に、大局を見据えてものの道理を見極める力。
 第二に、無我の境地に入れることすなわち私心を捨てさること。
 第三に、その時々に、その時代に応じた発想の転換ができること。
 第四に、実行力があること。
 日々の法人の運営にお力を注ぐ会員の皆さまは、どのようにお考えになりますでしょうか。

 最後になりましたが、当会の研修開催にいつもお力をいただいている山田多佳子さまのご尊父山田禎一さまが1月23日にご逝去されました。
 心からご冥福をお祈りいたします。
 なお、会員の皆様には、高齢者ケアを支える女性の会として、1月28日、29日青山葬儀場で行われたお通夜・告別式に献花させていただいたことを、ここにご報告申し上げます。

今月の言葉 (2018年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 平成最後となる師走、様々な思いが胸に去来します。特にこの1年に我が国を襲った自然災害や大きな事故を思い返すと、「よくぞ、今日まで無事に生き抜いた」というのが実感です。
 「生き抜く」といえば、先日、97歳の母と昼食をしていて、日本の“昔の女性”の強さ、すばらしさについて感慨を新たにしました。母は、妻、母、そして一人の女性として、激動の昭和を生き抜き、さらに平成の30年の歳月を越えて、今日を迎えています。結婚後わずか半年で父を戦地に送り出し、長女の私を出産。戦地の父への思いを深めながら、舅姑につかえ、4年間の留守をまもりました。父の帰還後は、地域医療の基礎づくりに取り組む父を内助の功で支え、一男二女を育て上げました。
 母の“夫第一”の姿勢は徹底したものでした。毎日父の帰宅時間ぴったりに合わせて、漬物をつけ、ご飯を炊き上げていました。父が家で昼ご飯を食べる日には、女学校の同窓会が家から5分の会場で行われても、欠席しました。子育てが終わってからは、俳句を愛し木目込み人形作りを趣味としました。そんな母を父は大切にしました。
 最愛の夫が亡くなって早7年。当初は、仏壇の前に座り、深く悲しみ、父が迎えに来ることを願っているような日々でした。最近では、父が枕元に現れ「ひさ子、ボツボツこっちに来るか」と語り掛けても、母は、「もう少し後で…。そう急がんと」と答えるようになりました。
 母の昼食時の会話は、今年如月に亡くなった我が妹の夢を見たとの話にも及びました。「私は、この頃あの子が生きているのか、死んでしまったのか、分からなくなった」とも言う母。どんなにつらい、悲しいことでも、時間が、歳月が癒してくれます。胸が切り裂かれるような痛みにも、ベールがかけられます。だからこそ悲しみに出会っても人間は生きていけるのだと思います。忘却という自然の摂理のすばらしさを思わずにはいられません。
 そして、さらに広く目を転じると、「年を重ねて認知症になる」というのは、私たち人間への、神様からの贈り物ではないかとも思うのです。
 忙しい仕事の合間を縫っての母との昼食時間は、私にとっては大切なひと時です。私に遅れること数分、私と同じメニューの食事をデザートまで完食した母の元気な様子に、安心します。食後のお茶を手に取りながら、「茂子ちゃんはこれからどうするの?」、「仕事」、「えらいなぁ。がんばって」と母と私の会話は続きます。
 母の姿から思うのは、「幸」、「不幸」は自分の心の持ちよう一つということです。よく生きる秘訣は、ネガティブに考えずに、前向きに暮らすこと。そのことの大切さ、すばらしさを改めて噛み締める年の瀬となりました。

今月の言葉 (2018年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 小雪の季節を迎えて、北海道を訪ねました。二泊三日のプライベートな旅です。北海道は何度訪れても新しい見どころ、心を打つ発見があります。広大で、懐が深い土地ならではと改めて思います。
 今回、訪れた一つに小樽のにしん御殿、青山別邸がありました。見学なさった方も多いと思いますが、青山別邸は、明治、大正を通じて、にしん漁で巨万の富を築いた青山家の2代政吉の娘政惠の夢と思いをかけて、6年間の年月をかけて完成されました。2階木造建ての総坪数190坪の青山別邸。その総工費は、当時東京に建てられたデパートの建築費に劣らない金額ということを聞いて納得しました。
 軒下はすべて手彫りの彫刻が施されています。床や柱は春慶塗、鴬張りの廊下。中国8賢人が描かれたふすま。よく見るとふすまの引手は七宝焼きになっています。置かれたタンス一つを見ても美術工芸の粋を集めたものでした。大正の初め17歳の若き女性は、どのように審美眼を発揮して、この素晴らしい青山別邸を創り上げたのでしょうか。その夢やエネルギーに感嘆せずにはいられませんでした。
 札幌の羊ヶ丘展望台でも、また一つの感慨にとらわれました。展望台には、フロックコートを風になびかせたクラーク博士像が雨の中に、毅然と立っていました。ボーイズ・ビ・アンビシャスとでもいうように、大きく右手を水平に上げ、指さしています。指はどこを指しているのか。それは、若き少年や少女の未来だけでなく、この像を見る人のすべての未来を指し示していると、私は感じました。
 確かに若いということは素晴らしいことです。若い時に積み重ねたことがその人をあるべき未来に誘っていくことがあります。例えば、本を読むということ。私は、幼い時からたくさんの本に囲まれてきました。でも、でもそれは、「そこに本があるな」という感覚でした。先日何十年ぶりかの同窓会で、「河﨑さんには、本をよく借りて読んだ」と声をかけられました。
 一方、私の身近には、小学校の行き帰りも本を手放さなかった女性がいます。二宮尊徳のように、薪に代えてランドセルを背負い、読書しながらの登下校だったということです。当時は交通量が少なく、たまに出会う事故といえば、道路に落ちている荷馬車の馬糞くらいだった時代なればこその出来事と、先日大笑いしました。多感な時代に読書三昧の日々を過ごしたその女性は、結局、自身が文字を編む仕事についています。
 多感な時代に本を読んで見知らぬ世界に入ったり、夢を見たり。あの幼き日、囲まれた本の一ページを自ら開いていたら、私にはどんな世界が開けていたでしょうか。
 でも、いまでも、決して遅くはない。
 クラーク博士像の指し示す指先は、そう私に語り掛けていました。

今月の言葉 (2018年10月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 霜始めて降る季節、自然界でも冬支度が着々と進んでいます。
 まず、ご報告です。10月27日、28日の両日、高齢者ケアを支える女性の会の秋の研修会・施設見学(舞子)が、高谷雅子先生のご厚意で、無事終了いたしました。高谷先生と法人職員の皆さまに、心から御礼を申し上げます。
 研修の初日は、前日までの雨空を吹き飛ばすように、澄んだ青空となりました。高谷先生のお取組みの本拠地の一つである社会福祉法人新港園 ケアハウスさん舞子新港園に、各自集合。心のこもったアナゴの吹き寄せを昼食においしくいただき、その後は、施設見学。すばらしい施設理念と、女性らしい細かい気配りが行き届いた高質な住環境に、多くの気づきや学びをいただきました。
 午後1時からは理事会となりました。議案は、第一に当協会の10周年記念事業について。記念事業の開催時期を2012年4月と決定しました。また、テーマ、事業内容については、プロジェクトチームを立ち上げ、会員皆さまの声をうかがいながら、順次進めていくことで合意しました。
 続いて2時からの研修では、高谷先生が、社会福祉法人新港園のお取組みを、理事長としてお話になりました。ご主人様の支えがあったとはいえ、高谷先生の持つ活力と女性力に支えられた“介護の事業展開”、“認知症へのお取組み”はすばらしいものがありました。さらに、感銘を受けたのは、高谷先生と職員との強い信頼の絆に結ばれたご様子でした。女性のオーナーが厳しくそして限りない優しさで職員の女性力を引き出し活用している。そして、そのことが職員にも入居者にも良い影響を及ぼしていると感じました。
 実際に、この日研修をお手伝いくださった職員の多くが女性でしたが、どなたを見てもその応対は素晴らしいものでした。介護のフィールドはまさしく女性の感性や思いが生かされる領域なのだと改ためて実感しました。海外に向けて大きく開かれた神戸で活躍する女性の素晴らしさ。ハイカラ、進取の気風、それは、神戸市の福祉施策にも見受けられました。
 この日の研修の第2弾は神戸市の高齢福祉部の花田博之部長のご講演「神戸市における認知症の取組み」でした。認知症対策に向けて全国初神戸モデルとして、事故救済制度の取組みが紹介されました。神戸モデルの予算は年間3億円、そのアクティブで先進的な神戸市の取組みに驚きました。
 コーヒーブレイク後の、歌人林和清氏の講演「平安時代の高齢者ケア」も、藤原氏の女性のための“王朝老人ホーム”等、大変興味深いお話が満載でした。
 宿泊した舞子ビラの上層階から見る夜の海の美しかったこと。
 2日目は、広大な福祉村を見学したのちに、神戸港に向かいました。
 神戸港のランチクルーズでは、海上から関西空港や泉佐野を望むことができました。神戸港を進む船上では、改めて、夜明け前から海外に向けて門戸を開いていた神戸の在り様を実感しました。だからこそ神戸の女性はハイカラで、進取の気風を持っているのだと納得できました。
 次回女性の会は、平成31年1月あるいは2月に東京での研修会を予定しています。詳細が決まり次第、ご連絡いたします。
 寒さに向かいます。皆さまご自愛ください。

今月の言葉 (2018年9月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 この9月ほど、自然災害の恐ろしさを実感したことはありません。台風21号、北海道胆振東部地震、そして台風24号。
 これらの災害で被災された皆さまに、心からお見舞いを申し上げます。
 普段は自然災害の脅威とはおよそ無縁のこの水間の地も、台風21号では、病院敷地内の大木がなぎ倒され病院の看板が破壊されたり、停電になったりと、その対応に追われました。当法人の場合は、数日の混乱で日常を取り戻しましたが、今なお、被害の影響下にある方々がご苦労されていることを思うと、心が痛みます。
 予期せぬ自然災害を“我が身にも起こり得ること”、“我が身が体験したこと”ととらえると、リスクマネジメントの重要性が今更ながら大きな課題となってきます。災害についての危機管理は、避難路の確保や防災訓練の徹底はもちろんのこと、災害時に備えた適切な備蓄、職員への緊急連絡網の確認、平素からの行政や地域との連携等々、枚挙にいとまがありません。そして、こうした事前災害の対応で忘れてはならないのは、職員の心を一つにするためのリーダーシップであると、今、実感しています。
 いざというときに役立つのは、やはり日ごろからの備えです。リーダーが普段から医療現場、介護現場で仕事に取り組む職員の動きを把握していること。「職員の動き」とは、単に表出する言動だけではなく、その人の思いや心をしっかりつかんでおくことが重要です。それでこそ、大きな壁を乗り越えることができるのではないでしょうか。
 職員の心をつかむためには、押し付けてもダメ。さりとて、重しが軽すぎてもダメ。時と場合によって、重しの軽重を加減することも必要でしょう。
 リダーシップの発揮の仕方はいろいろあると近頃改めて感じています。リーダーはいつも先頭に立って、職員を引っ張るだけではなく、職員を後ろから支えることの大切さを感じます。また、ある時はそばに寄り添いフレー、フレーとエールを送ることが有効な時もあるでしょう。
 災害の中で、職員との絆を改めて感じています。

今月の言葉 (2018年7月・8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 今年も8月15日が巡ってきました。戦後73年を迎えた今、戦争で亡くなった410万人の方々の命の重さに思いをは馳せずにはいられません。8月15日は、日本人として心に刻まれた、そして、これからも決して忘れてはならない一日でしょう。さらに、今年の8月15日は、私にとって、改めて「宿命」という一語をかみしめる日となりました。
 今年のお盆の中日、父の墓参りをした私の隣には、例年であればいつもいる妹の姿はありませんでした。こんなにも早く妹の新盆を迎えることになるとは、全く考えたこともありませんでした。十分な治療を受け、家族にも囲まれ、穏やかに逝った妹ですが、私にとっては、残念で、悔しくて悔しくて。未来へ心残りは? 家族への思いは? 妹への想いが募ります。
 「運命」という言葉で言い表すには、あまりにも重い心の内でした。否、「運命」ならば何としても気力を振り絞って、切り開くことができるだろうに……。直面したこの現実は人間の力では避けることも変えることもできません。それはまさしく『宿命』としか言いようのないものでした。
 妹を失ってすぐ、私は、乗り越えるには忙しいのが一番と、いつも以上の忙しさの中で仕事に打ち込みました。しかし、悲しみを癒すことはできません。そして私が行きついたのは、「悲しみを乗り越えるには、それを『宿命』としてとらえよう。そうでなければ、さまざまな未練を断ち切ることはできない」ということでした。
 そうした心持ちになると、8月15日、終戦記念日を題材としたテレビ番組や新聞記事の中にも、いくつもの宿命が存在することを感じました。いまさらながら、「太平戦争で亡くなった410万人の命の一つひとつが、このような悲しみ、哀しみのうちにあったのだ」と胸がつかれる思いに襲われました。これも私が年を重ねたせいでしょうか。
 私たちにできることは、今ある平和は尊い犠牲と深い悲しみ、哀しみの上に築かれたものであることをしっかりと胸に刻み、平和を守っていくことです。
 今もまた、妹の透き通ったような笑顔が目の前に浮かびます。その笑顔に、宿命は宿命として、運命を切り開いて、二人分の生を歩んでいくことを誓いました。

 秋、舞子浜でお目にかかれることを楽しみにしています。

今月の言葉 (2018年6月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 6月28日午後、セントラル病院松濤の7階で開催した当会の理事会と講演会には、多くの会員の皆さまがご出席くださいました。講演会後席を移しての食事会とともに、大変有意義な時間を過ごすことができました。ここに、ご講演いただいた日本慢性期医療協会会長の武久洋三先生と、会場とさせていただいたセントラル病院松濤の理事長・安藤高朗先生と職員の皆さまに感謝申し上げます。
 講演に先立っての理事会では、3年後に予定されている当協会10周年記念事業についても、理事の皆さまからご意見をいただきました。一歩一歩詰めてまいりたいと思います。
 武久先生の「医療、介護の将来像」をテーマとしたご講演は、介護そして医療経営に携わる私たちにとって、認識を新たにする内容が満載でした。
 武久先生は、ご自身が委員をされている「介護保険部会、介護給付費分科会、医療保険部会等の厚労省の審議会での議論」と「その後、国が打ち出した施策」の裏側を分析して、私たちに数字で解説してくださいました。その内容は、今後の医療・介護を取り巻く環境は決して楽観が許されるものでなく、課題を一つひとつつぶしながら、地域性を踏まえた柔軟な経営が求められるというものでした。
 さらに、武久先生は、介護福祉士を巡る問題として、介護現場と病院で「専門性の評価」や「処遇改善策」にアンバランスがあることを指摘され、その解消の重要性にも触れられました。
 今回新たに発足した介護医療院については、「医療と介護と住まいの3つの機能を合わせ持つ新たな介護保険施設」として、改めて明示。「介護医療院をベストな施設にしていくため、日本慢性期医療協会は全力で支えていく。この1~2年で介護医療院がどのようなものになるか、慢性期医療協会が実際を示していきたい」と話されました。
 武久先生の知力・体力・気力あふれるにお話に、私たち高齢者ケアを支える女性の会も負けずに介護に力を注いでいかなくてはならないとの思いを深めました。また、先生と会員の皆さまの質疑応答や食事会での交流をとおして、今後の介護の中心は女性であるという手応えも持ちました。
 女性はいったん家庭に入っても、またいくつになっても、「高齢者を支えること」への思いさえ深ければ成長し続けることができる。改めて、そのように確信した一日でした。

今月の言葉 (2018年5月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 今日5月31日夜、私は青森のホテルで、この日の出来事を思い出しています。
 私が日本認知症グループホーム協会会長として青森県支部の総会に出席のため、伊丹空港を出発したのはお昼前。私の乗った飛行機は青森空港上空に到達するものの、空港をすっぽりと包む雷雲と雷雨のために着陸がかないません。
 飛行機は100人以上の乗客を乗せたまま、青森空港上空を1時間以上も旋回し続けました。その間、機は車輪を出して一度、二度、三度と着陸を試みましたが、着陸はできません。機は激しく揺れ続けています。こんな激しい揺れはこれまで経験したことがなく、正直言って最悪の事態も覚悟しました。けれど覚悟を決めてしまえば、不思議と心は落ち着くもので、「ここは機長にお任せするしかない」と思うことができました。
 結果的に、飛行機は行き先を変更して、仙台空港に着陸しました。無事着陸の瞬間、機内からは、大きな拍手と歓声が上がりました。拍手には機長をはじめ乗組員への感謝の気持ちがあふれていました。
 しかし、ほっとする間もなく、私は、仙台空港からタクシーで仙台駅に。新幹線で急ぎ青森に向かいました。青森の総会会場に到着したのは、予定の時間が大幅に過ぎていましたが、下田肇支部長様をはじめ多くの皆さんが待っていてくださいました。そして私の話に耳を傾けてくださいました。感謝、感謝でいっぱいです。
 今日の経験は、まさしく、現在厳しい環境にさらされた医療・介護の状況と重なります。我々介護事業者は30年改定を受けて自分の意思ではいかんともしがたい状況の中で出口を見つけようとしています。それは目指す空港に降りたくても降りれない一機の飛行機に例えることができましょう。乗客も私たちも、機長を信頼して、任せることしかできません。
 実際に、機長はいかんともしがたい自然状況の中で、安全に乗客を目的地に運ぶことに全力を尽くしました。目的地への着陸が無理と分かれば、次善の選択として、目的地を仙台空港に変更して、乗客・乗員を運ぶ。窮地にあっても、的確な判断力と、的確な行動力、そしてそのことへの我々の信頼。これらが相まって、無事仙台空港着陸がなったものと考えます。まさに、この姿は、介護報酬改定を乗り越えて、次の着地点に向けて歩む我々の姿に重なります。
 ただし、これには後の話があります。仙台空港での喜びもつかの間、私たちはすぐに本来の目的地に移動しなくてはなりません。残念ながらその際の航空会社の対応は『見知らぬ空港に降ろされた乗客への配慮』に欠けるものでした。新幹線の切符代と老眼鏡がなければ読めない小さな字での列車時刻が書かれたメモ。十分な説明がないままにこれだけを渡されて、途方に暮れる人達もいました。
 我が国の航空業界をリードする航空会社の危機管理が飛行中の機内のみしか期待できないというのでは、あまりにも残念なことと思います。高齢者ケアを支える女性の会の一員として、介護現場の危機管理の重要性を改めて考えさせられた出来事でした。
 6月28日、皆さまにお目にかかれることを楽しみにしております。

今月の言葉 (2018年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 牡丹華候となり、夫や集まった子どもたちとともに、やっとひと時を過ごすことができました。滞在するホテルから望む瀬戸内海・鳴門の自然に、これほど心が穏やかになるとは……。忙しい日常から一線を画した“今”に悠久の時を感じます。
 けれど思いを巡らせれば、今この瞬間にも世界は大きく動いています。連日報道されている韓国と北朝鮮の国交正常化に向けての急な動きは、ベルリンの壁の崩壊にも劣らず、私たちの世界観に大きな変化を求めています。もちろん、にこやかに見える南北首脳会談の水面下には、想像を超える駆け引きや、思惑や政治の力学が働いているのでしょう。それ故に、まだ、確実な着地点は見えていません。
 ただ、今回の出来事は、「天の時、地の利、人の和」に恵まれたからこそ実現したと思うのは、決して私一人ではないでしょう。「人の和」とは、立場や主張の違いを乗り越えて、人々の思いが集まり、紡がれてこそ生まれるものです。そのことは、決して朝鮮半島の話に終わらず、私たちの生き方にも大きくかかわってきます。
 そして、もう一つ思うのは、大きな変化・変革の中では女性が楔(くさび)としての役割を果していることが決して少なくないということです。「女性が内包する芯の強さ、たおやかさが、難しい局面を乗り越える大きな原動力になる」と言っては、過言でしょうか。
 朝鮮半島の変化・変革は広く世界に及んでいきます。それは、国内の騒動に追われる我が国にとっても、決して例外ではありません。ましてや長く「拉致」の問題を抱える日本です。「天の時、地の利、人の和」をいかにつかみ、“我が国の国民”を真に守り抜くことができるのか。重い命題です。
 他方、医療・介護の世界に目を転じると、すでに3年後に向けての動きが始まっています。「“介護・医療、さらには、政治の動きにも目を配りつつ、真に高齢者を支えることのできる社会を目指す”。高齢者ケアを支える私たちは、このことを胸に刻んで、進んでいかなくてはならない」
 眼下に広がる青い海に、改めて誓いました。

今月の言葉 (2018年3月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 3月30日、全国老人保健施設協会会長の東憲太郎先生を講師にお迎えしての高齢者ケアを支える女性の会は、桜の花が満開の東京で、行われました。ご参加いただいた26人の皆さまにとって、記憶に残る意義ある半日となったことと思います。
 東先生は、「大同団結が結実した介護報酬改定の背景を探る」と題して、今回の介護報酬改定の光と影を分かりやすくお話しくださいました。『社会保障審議会介護保険部会』、『同給付費分科会』という、介護報酬改定の方向を決定づける2つの審議会の委員として、常に議論をリードしてきた東先生です。そのお話に、会員の皆さまは「一つの大きな国の制度はこのような複雑な背景の中で決まっていくのか」と感心したり、納得したり。講演は大いに盛り上がりました。
 講演に先立って開かれた理事会では、「3年後の10周年に向けて、高齢者ケアを支える女性の全国組織の会として、何か大きな目標を立てて、進んでいこう」という意見が出て、出席の皆さまの賛同を得ました。全国、北は北海道から南は鹿児島まで、若手から熟年(?)まで、会員の皆さまの高齢者ケアへのお取組は日々確実に積み重ねられています。この皆さまそれぞれのお取組みを結集して、一つの形として社会に還元する。本会の10周年に向けての目標としてふさわしいものと思われます。
 高齢者ケアを支える女性の会が、設立の理念を受け継ぐ次代の人たちとともに、大きな目標に向かって、一歩ずつ、進んでいくことを願っています。

 ところで、私は今日4月1日も新幹線で東京に向かっています。車窓の風景に誘われて、思わず俳句がこぼれ出ました。
 目をやれば、近くにも、遠くにも、我が行く道を照らす自然の営みが存在していました。

   山あいに凛と輝く桜かな

   春霞ゆったり浮かぶ富士の山

今月の言葉 (2018年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 冬の富士の山はとりわけ美しい。今日も厳寒の空から地上を悠々と見下ろすように、凛としてそびえています。この人間世界でいかなる出来事が起ころうとも永久に変わらぬ富士の姿は、見上げる私の心を包み込み、勇気づけてくれます。
 私事で恐縮ですが2月3日、妹が、天に召されました。「天に召された」としか言いようのない、気持ちの整理がつかない出来事でした。1年を超える闘病生活を送る妹の姿に、覚悟はしていたものの、本当に妹を失う日が来るとは……。その衝撃は大変大きなものでした。身内を失うということはこういうことなのかと、改めて悲しみを深くしています。
 仕事に追われ忙しく過ごしている時も、ふっと我に返ると、妹のあの時の表情、こんな時の言葉を、思い出します。小さい頃から亡くなるまで、いつも妹は私の心の一番近いところにいました。妹が一生で味わった喜怒哀楽のすべての感情が愛おしく、限りなく大切に思われます。
 今年に入って、東京へ出向く機会は、週2回にも上ります。そのたびに富士山は私の心を受け止めて、『頑張れ、頑張れ』とエールを送ってくれます。時にその声は、妹の声に重なります。「今は悲しい。でも楽しい思い出もたくさんある」。
 2月9日。車窓から見る富士の姿は、今日も凛として、また限りなく優しく、私を導いてくれます。「何事にも動ぜず、前に進んでいこう」と。

今月の言葉 (2017年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 今年も早やクリスマスイブを明後日に控える季節(とき)となりました。四谷から東京駅に向かうタクシーの車窓から眺める街は、いつもに増して忙しそうに行き交う人の流れとともにあります。車が皇居正門の二重橋にさしかかると、天皇誕生日の一般参賀のための白いテントが目に入りました。毎年目にする光景ではありますが、今年は、松の緑に映えるテントに、感慨ひとしおの思いがいいたします。
 84歳のお誕生日をお迎えになる今日まで、皇后陛下とお揃いで、平成の皇室を形づくられ、国民を大きく見守り続けてくださった天皇陛下に、心からのご尊敬の念と感謝を申し上げたい気持ちでいっぱいです。大きな目標をお持ちになって日々歩まれてきた両陛下。果たして我々国民は、その大きなお心に応えることができているのかと、思わず、自らの来し方を振り返らずにはいられません。
 お恐れ多いことですが、今からちょうど60年前の皇后さまの婚約記者会見が私の人生の最初の分岐点となりました。当時、初めて民間から皇室に嫁がれるということで、国民の間にカルチャーショックともいうべき衝撃が走りました。新聞報道やテレビのニュースで拝見する美智子さまは、お美しく、知性と女性らしさにあふれていました。
 このように素晴らしい女性が教育を受けた学び舎とはどんなところだろうか。中学生の私は、「このような素晴らしい女性と同じ学び舎に進学したい」と強く思うようになったのです。当時にあって、大阪・泉州の地方から、親戚もいない東京の大学に、女性が進学することは決して簡単なことではありませんでした。両親の不安も大きなものでした。私は地元の公立高校である岸和田高校で3年間学びながら、両親を説得。無事に目指す聖心女子大学に入学しました。
 小中高一貫教育の流れの中に飛び込んだ私にとっては、英語の教科一つとっても、勉強時間の捻出に苦労する日々がありました。寮生活の消灯時間を気にしながらの追い込み勉強は、今も懐かしい思い出になっています。面会日に祖母の作った炊き込みご飯を差し入れてくれる父に、改めて感謝しました。
 今、振り返ると東京での4年間の学生生活が、考え方においても、人間関係においても、現在の私を大きく支えていることは間違いのないところです。
 もし、関西圏で大学生活を送っていたら、現在の自分は?

 東京駅から乗った新幹線の中で、この60年間をあれこれ思い起しました。
 そして、やがて姿を見せた霊峰富士山を望みながら、「天皇陛下、皇后陛下、ますますお健やかに」との思いを、さらに深くしました。
 今年もあと1週間、会員の皆さまも、どうぞよいお年を。

今月の言葉 (2017年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 朔風払葉の候、皆さま、その後お元気でお過ごしのことと思います。
 早速ですが、11月24日、25日の鹿児島への研修旅行には、33人のご出席を得て、大変意義ある研修会となりました。お世話になりました社会福祉法人 野の花会 理事長の吉井敦子先生には、心から感謝申し上げます。
 鹿児島の地に花開いた「福祉・医療に文化を」という壮大な理想が、時に大胆、時に繊細な形となって、私たち訪問者の胸に迫ってきました。
 初日の加世田のメインストリートに存在感を示すケアタウン カーサブランカ。4,000坪の自然の中に数々の絵と彫刻とともにあるアルテンハイム加世田。特にアルテハイム加世田の「メモリールーム野の花」や「玄関横の霊安室」を拝見して、「『死』を隠すもの、目をそらすものとしてではなく、『神に召される厳正な儀式』ととらえた姿勢」に、私ども皆、文字どおり「目からうろこが落ちる」思いがいたしました。また、吉井美術館の数々の作品を鑑賞して、吉井ご夫妻がお二人で歩まれた道程の素晴らしさを実感しました。
 2日目のアルテンハイム鹿児島では、まさに、ハードとソフトの両面に、吉井先生の目指す「福祉・医療に文化を」の思いが、あふれていることに圧倒されました。
 2日間に訪問した野の花会の施設のいずれもが素晴らしいものでした。洗練された建物・設備、それを取り巻く一木一草、さらに工夫が重ねられたソフトに、あふれるほどの吉井先生の思いと情熱を感じることができました。スタッフの皆さまの心配りにも、感じ入りました。
 アルテンハイム鹿児島の会議室で開かれた平成29年度第2回理事会では、すでに書面評決で入会が決まっていた今泉幸さん、前田計子さん、そして諏訪友起子の3人について、改めて報告がなされました。次回平成29年3月に行われる研修会についても話し合われました。
 なお、その後の動きとして、3月の研修会の講師は、全国老人保健施設協会の東憲太郎会長にお引き受けいただきました。本日の新聞報道によると、「介護報酬プラス改定」の文字が一面を飾りました。もちろん、未だ予算編成が決まらぬ時期の新聞報道ですから、そのまま鵜呑みにすることはできません。しかし、「マイナス改定」の悲観的な文字ばかりが紙面を埋めていた状況に比べると、大きな変化が感じられます。
 そのきっかけとなったものの一つが、11月15日、介護事業者団体、職能団体、利用者団体合わせて11団体が、麻生外務大臣、菅官房長官、加藤厚生労働大臣に面会して、手渡した181万筆の「介護の現場を守るための署名」であることは、間違いないところです。その署名活動の陣頭指揮を執った東会長に、ぜひ、改定の背景と今後の介護保険施設への取組みのヒントについてのお話をうかがえれば、と企画しました。
 皆さま、3月30日東京新宿のデンマークイン・新宿にお集まりください。

今月の言葉 (2017年10月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 葛城山の紅葉は、10月末の現在、雨の中にも関わらず、すでに見ごろを迎えています。かえで、桜、ブナ。気ぜわしい昨今の世相を写すかのように、自然の移ろいも例年に比べて急ぎ足で進んでいくようです。
 春夏秋冬の移ろいは、我が国文化の源ともいえます。私たち日本人は、古来、季節の移ろいの中で、挨拶を交わし、ものを考え、時に詩を詠み、人に思いや情報を伝えてきました。
 私は忙しい日々にあっても、時に立ち止まって、季節の移ろいを感じ、一人考えを巡らす時間を大切にしてきました。
 また、「人に思いを伝える」ということについていえば、私は、「直接に向かい合って語り合うこと」を何より大切と考えています。もちろん、「語り合う」とは、会話だけではなく、まなざし、ぬくもり、息遣い、握手と、その方法はさまざまです。
 ところが、このところの新聞等の報道を見ても、「どうも、おかしい」と思うことが多くあります。文明の進化がもたらしたひずみというか、便利になった情報伝達のツールによって、さまざまな事件や不幸な出来事が起こっているように思います。例えば、電話を使ったオレオレ詐欺、SNSを使ったイジメや犯罪等々、枚挙にいとまがありません。
 もちろん、情報伝達の進化は、私たちの生活に大きな恩恵をもたらしていることも否めません。けれども「語り合うこと」を忘れ去ってしまった情報伝達の進化ほど空疎なものはありません。その危うさを認識しつつ、目と目、顔を合わせて会話ができる機会の大切さを実感します。
 秋の「高齢者ケアを支える女性の会」の鹿児島への研修旅行も、間近に迫ってきました。鹿児島といえば「江戸時代から明治維新」への日本の大きな時代の移ろいの原動力となった拠点の一つです。その鹿児島の地で、現代日本を支えるいかなる介護の取組みと出合えるのか。集う皆さま方と語り合うことができることを楽しみにしています。

今月の言葉 (2017年9月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 全国を飛び回る中で、今年も敬老の日を迎えました。
 9月18日付の新聞によると、平成29年9月15日現在、日本の高齢者人口は3,514人に上っています。この数値は、我が国の総人口の27.7%に当たるということです。人数、割合ともに過去最高を更新しました。しかも、90歳以上の高齢者の方が200万人います。
 一方、働く高齢者も13年連続で増えています。平成28年の65歳以上の就業者数は、前の年に比べて38万人増えて、770万人になっています。これも過去最多の数値です。
 これらの数値は、私たち高齢者ケアに携わる者にとっては、大変重い数値です。
 「我が歩む道に誤りなし」という改めての思いとともに、近頃の「子育て支援」ばかりが前面に出た社会保障の議論が気になります。やはり国には、「‟子ども”も、‟障害を持つ人”も、そして‟高齢者"も」と三者をともに大切にした施策を進めてほしいものです。
 高齢者の就業者の増加については、とても頼もしく思います。元気で、ご自身も仕事をしたいと思われる高齢者には、人生で重ねた経験を活かしていただく意味でも、ぜひ介護のフィールドでの活躍をお願いしたいと思います。また、そのための環境づくり、仕組みづくりを国にお願いしたいと思います。
 少し硬い話になりましたが、わが身を振り替えて考えてみると、私ももはや70歳代。正真正銘の「高齢者」です。しかし、実際にこの年に至ってみると、「自分が高齢者」という意識は極めて薄いのが実情です。
 かつて私は、不惑を超えるころには、「人間は70歳を越えたら、老境を迎え、現役を完全に退いた生活をする」ものだという感覚を持っていました。ところが自分がいつの間にかその年になってみると、当時と何ら変わらない自分がいます。そして、この高齢者ケアを支える女性の会の皆さまをはじめ、私の周りには、年齢を重ねて、ますます輝く多くの女性がいらっしゃいます。
 つくづく人生の不思議さを感じます。人の一生の奥深さを感じます。
 今思うことは、ここまできたのだから、いくつになっても自分らしさを失わずに、一瞬一瞬を大切に、悔いることのないように歩んでいこうということです。
 改めて、皆さまどうぞよろしくお願いいたします。

今月の言葉 (2017年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 8月18日、私は、高齢者ケアを支える女性の会の会員である山本ゆかり先生のご夫君、山本孝之先生の瑞宝小受章とさわらび会創立55周年の式典とお祝いの会に出席のため、豊橋に向かいました。
 山本孝之先生が昭和37年山本病院を創設以来、さわらび会は、将来を見据えて、「高齢者、障害を持つ人も幸せに死ぬ権利がある」という考えのもと、豊橋の地に医療・福祉の取組みを展開されてきました。さわらび会の今日ある姿は、まさに山本孝之先生のドクターとしての先見の明によるものだと思います。
 式典とお祝いの会は、ともに大勢の方々が出席され、盛大かつ心に残るものでした。
 中でも、愛知県知事をはじめとした来賓の祝辞への山本孝之先生のご挨拶の「みんなの幸せだけを考えて、一所懸命仕事をしてきたら、僕が一番幸せになりました」という一節に、感動しました。ご子息の左近さんの『これまでの55年とこれからの55年』というご講演も大変立派なものでした。
 私は、高齢者ケアを支える女性の会を代表して、お祝いの言葉を述べさせていただきました。お祝いの言葉では、当会のオランダやベトナムへの研修旅行にご夫妻で参加された際の仲の良い心の通い合ったご様子を見て、ご夫婦の愛情がさわらび会を育て上げたと納得したことを紹介。お祝いの言葉の最後を、「ご夫妻の愛情、思いやりから生まれた最高の作品がご子息の左近さんだと思っています。今後のさらなる発展をお祈りしています」と締めくくりました。
 私は帰りの新幹線の中で、改めて『内助の功』というものを考えました。長い間、内助の功とは、「妻が家庭にあって、夫が外で活躍するのを陰で支えること」を意味していました。しかし、山本ご夫妻のご様子や女性の会の皆さんのお取組みを拝見していると、今や新しい形の「内助の功」というものが確立しているように思います。
 女性も夫とともに外に出て活躍する中で、夫を支える「内助の功」です。自身の生き方を追い求めながらも、夫との絆をさらに深めて、支え合う。それはある意味「同志」といえるものなのかもしれません。
 しかし、「夫婦」は社会の最小単位の集合体です。だからこそ、私としては、どんなに社会が進化しても、また「内助の功」の表す意味が変化しても、『内助の功』という一語とそこに込められた絆を大切にしたいと思うのです。
 皆さんは、どのように思われますか?

今月の言葉 (2017年7月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 大暑の候といえども、皆さまお元気でお過ごしのこととお喜び申します。
 早速でございますが、7月9日の私の瑞宝単光章受賞の小宴に、多くの会員の皆さまにご出席いただき、深く感謝いたしております。あの時ご挨拶のために壇上に立った私の目には、お集まりいただいた皆さまのお顔が、次々に飛び込んできました。日頃、私がいかに多くの皆さま方の温かいお気持ちに支えられているのかということに、改めて思い至りました。
 そして、皆さまのお祝いの言葉を聞きながら、「自ら飛び込んだ介護事業の運営・経営の世界には山や谷もあり、その道は決して平坦ではないけれど、これだけ多くの皆さまに出会い、支えられている私は幸せ者だ」という思いに行きつきました。
 このたびの受賞は、私のこれまでの来し方を振り返り、またこれからの行く道を改めて見つめる機会となりました。これからも、皆さまとともに、高齢者ケアを支える道を歩いてまいりたいと思います。
 ここで、皆さまに、高齢者ケアを支える女性の会の秋の研修旅行についてご報告いたします。当協会総会の席で会員の皆さまのご希望が多く寄せられた『鹿児島の吉井敦子先生の社会福祉法人野の花会の施設見学』の日程は、平成29年11月24日(金)、25日(土)の2日間となりました。
 吉井先生は、私たち人生の後輩から見ても、人間としてまた女性として大変魅力のある方です。「社会福祉法人野の花会」が理念として掲げていらっしゃる『福祉文化の創造』は、現在の吉井先生のお取組み、お考えの原点ともいえるものです。その地を皆さまと訪問し、見学し、講演をうかがい、意見交換をしたいと思います。現在、吉井先生とご相談しながら内容を詰めているところです。
 詳細については、別途ご連絡いたします。
 鹿児島における2日間にいかなる出会いが生まれるか。さまざまな学びの機会と出合えることによってさらに私たち高齢者ケアを支える女性の会の夢が膨らむことを期待しております。
 最後に、皆さまに心からの感謝を!

今月の言葉 (2017年6月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 菖蒲華咲中、6月23日、24日の両日は、高齢者ケアに取り組む私にとって、それぞれ大切な節目となりました。
 6月23日について皆さまにご報告をいたしますと、公益社団法人 日本認知症グループホーム協会の総会が開かれ、私、河﨑茂子は会長として再選されました。現在すでに、3期目の協会運営のかじ取りに力を注いでいるところです。
 選挙期間中、当会の皆さまにいただいた激励に、心から御礼を申し上げます。今後は、皆さまの言葉の一つひとつを胸に刻んで、事業者のため、認知症ケアに汗を流す職員のため、認知症の人と家族のため、そして地域のために、さらに強い協会づくり、協会運営に取り組んでいく所存です。
 いま一つの6月24日は、皆さまもご承知のとおり、〝高齢者ケアを支える女性の会“の総会の開催です。会場は、当会の理事である山田多佳子先生のご厚意で、東京・介護老人保健施設デンマークイン新宿の会議室をお借りしました。
 午前中の理事会開催ののちは、前厚労省老健局長で現在慶應義塾大学病院臨床研究推進センター教授としてご活躍の三浦公嗣先生のご講演となりました。講演テーマは、「これからの医療・介護」でした。
 午後2時からの総会では、新役員の承認が行われました。会員皆さまのお声を受けて、私は引き続き代表をお引き受けすることになりました。皆さまの期待に応えるよう、高齢者ケアを支える女性の会を積み重ねていきたいと考えます。なお、新たな役員については、『役員一覧』をご覧ください。
 平成29年の事業計画では、皆さまから『会員施設の見学を含めた研修会』を望む声が多く出ました。議論は、将来の当協会10周年記念事業にまで及び、会員を広く全国に求めていこうということになりました。

 苦しいこともあったこの数カ月、私の心を癒し、支えたものの一つが主人の弾くエレクトーンでした。“音楽が心の場面を変える”ことを改めて実感しました。6月24日、夜遅く帰宅した時には、すでに家人は眠っていましたが、テーブルの上に「おめでとう」と書いた一枚のメモ用紙が載っていました。暮らしの中で寄り添う心を感じることができるのを何よりうれしく思いました。

今月の言葉 (2017年5月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 早くも、今年も紅花栄う季節となりました。急ぎ足で日々を暮らす中で、5月は私にとって大変光栄なうれしい出来事がありました。
 大阪介護老人保健施設協会の推薦により、瑞宝単光章受章の栄誉を受けたことです。勲章とは無縁に、一人の女性として、結婚し、子育てが終わった時点で老健施設を軸として高齢者ケアへの第一歩を踏み出した私です。ただ一心不乱に“今”行うべきことに取り組んできました。
 老健、グループホーム、高齢者住宅、病院と、仕事の範囲は広がっても、常に心の底にあるのは、職員のことであり、患者さんやご利用者そしてそのご家族の方々のことでした。大切な人たちを守るためには社会とどうかかわっていけばよいかが、私の原動力となっています。
 今の私には、仕事以外に特に趣味といったものは思いつきません。気がつけば、施設に、病院にいるのです。“そこ”にいるのが一番自然で落ち着きます。時に、「もっとゆっくりしたらいいのに」とも言われます。でも「ゆっくり」とは何かが思いつかないのが正直なところです。仕事を終えて、家に帰り、ホッとして食卓の前に座る。テレビをつけて、自分でつくった料理を肴に、一杯。私にとって至福の時です。「我が人生に悔いなし」の思いが浮かびます。
 高齢者ケアを支える女性の会を皆さまには、特に感謝申し上げなくてはなりません。ともにこの会を立ち上げて、早6年。振り返ると、さまざまな出会い、出来事がありました。高齢者ケアに対する思いを同じくする皆さまとともに出会えたことは、私にとって大きな出来事でした。時に笑い、悲しみ、制度の矛盾に怒り、議論する。腹蔵なく話し合える仲間と出会えたことが私の支えになっています。
 6月24日には、山田多佳子先生のご厚意で、デンマークイン新宿で、女性の会の総会を開きます。これを一里塚として、さらに、皆さまとともに、前へ!と歩んでいきたいと思います。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。

今月の言葉 (2017年3月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 今月(3月)の言葉に“See you Again”を掲げます。
 人には忘れることのできない、いつまでも心に残る言葉があります。私にとっては、それが“See you Again”というフレーズです。
 この言葉は私が若いころから大好きだったシャンソンの一節です。「それでは、また、秋のパリで」という意味合いが含まれていました。私は、そこに夢を感じ、空想をどこまでも駆り立てる情熱を感じています。“See you Again”は一人で散歩している時、窓辺で外を何気なく見つめている時に、ふっと私の心の中に湧き上がってきます。
 そして、今年3月上旬に訪れたベトナムで、私は同じフレーズを交わし、夢とどこまでも広がる可能性を秘めた出会いをすることができました。それは、ホーチミン市の看護大学を訪問し、その学長から大学と国立附属病院をご案内いただいた時のことです。
 いよいよ辞去する時となりました。
 「ホーチミン大学の准看護師の卒業生の方々が、ぜひ日本の我々の施設、病院を見学にいらしてください」と伝えた私に、学長は“See you Again”とハイタッチ。学長の顔には明るい笑みが浮かんでいました。ハイタッチに応じる私の顔も笑顔。笑顔と笑顔で別れました。異郷の地での“See you Again”のフレーズは私の心に不思議な余韻をもって残りました。
 そして、今日3月30日。ベトナムより、うれしい便りが届きました。秋まで待つことなく、学長と交わした“See you Again”が実現しそうです。
 世の中にはいくつになっても、心楽しいことが起こるものです。
 女性の会を通じて重ねた人との出会いが新たな縁を結び、心通わせ、次の仕事への情熱を燃え立たせます。3月は年度の締めくくりであり、別れの季節でもあります。そして、別れは再びの出会いの始まりでもあります。いまさらながら、“See you Again”のフレーズを愛おしく感じます。
 平成29年度も、会員の皆さまとともに、出会いを楽しみながら歩んでいきたいと思っています。

今月の言葉 (2017年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 霞始めてたなびく季節となりました。この時期、わが家の座敷には、お雛さまの掛軸がかかる床の間の前に、木目込み人形の内裏雛が飾られます。掛軸の中の男雛女雛も、人形の男雛女雛も、ともに今年94歳の母の手によるものです。
 掛軸のお雛さまは、二十歳の母が父に嫁ぐ日を前に描いた日本画です。私の幼い時からずっと河﨑家の居間で、早春の訪れを告げていました。そして今から20年前、母は「茂子ちゃんの家の床の間が寂しくないように」と、掛軸を表具し直し私に贈ってくれました。以来、お内裏さまのふくよかなお顔、雅な姿はわが家にあって、見る者の心に温もりを運んでくれます。
 実家の居間は、今でも2月になると、13段の木目込みのお雛さまが飾られます。そしてお雛さま飾りの周りには、母の作品である「無我童子」や「女童」、「高砂」、「十二支」といったさまざまな木目込み人形が並びます。“生前忙しく日本中を飛び回っていても、許す限り日帰りする父”を待ちながら、母は、木目込み人形を創り続けていました。父は母の創る木目込み人形の価値と込められた思いを誰よりもよく理解していました。父が晩年、居間の入り口に立ち、飾られたたくさんの木目込人形を前に、「こんなに立派に、よう創ったなあ」という一言。母は何よりも大切にしています。
 ・雛飾る夫が好みの無我童子
 ・黒髪にそっとふれつつ雛納め
             ともに母が詠んだ句です。
 一方、私もすでに9人の孫に恵まれています。先日は、初節句を迎えた女孫に、木目込み人形が創れない私は、一刀彫のお雛さまを人形店から贈りました。
 そんな流れを大きくつかんで、今年、わが家の座敷の雛の掛軸と内裏雛に見入る、夫の「本当に見事だなあ。この器用さ、才能は、誰がもろうてんか」という言葉に、私は思わず苦笑い。同時に、母を誇らしくも思いました。
 しかし、『母の作品』と『彫刻家の手による一刀彫』と、作品の形も生みだされた過程も違いますが、娘や孫の健やかな成長や日々の暮らしの平安を願う“女性の気持ち”には、何の変わりもありません。母、私、娘と嫁、そして孫と、4代の女性の生命が引き継がれていることを実感します。
 ふくよかなお雛さまの表情は、見る者のその時の気持ちを反映してか、華やかにも、時にかすかな哀しさをたたえているようにも見えます。介護のフィールドで汗を流す私たちにとって、さらには、生きとし生きるすべての存在にとって、来年の雛祭りまでの1年が、よき12月(つき)であることを祈らずにはいられません。
 雛祭りの翌日、私たち女性の会はベトナムへ。人材確保の研修旅行に出発します。

今月の言葉 (2017年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 春隣の光の中、会員の皆さま、ますますご活躍の毎日をお過ごしのことと存じます。
 平成23年1月27日に、大阪・中の島リーガーロイヤルホテルで、当会の発起人の顔合わせを行ってから早6年。「歳月流れる如し」の思いの中で、この女性の会の6年間の道程を思い出しています。私たちは「高齢者ケアを支える女性の会」の設立の趣旨に平塚らいてうの言葉を掲げました。
 そして、時代は巡り、今、女性の活躍を社会が求め、女性の活躍を後押しする施策が次々に打ち出されています。このような時代はかつて存在しなかったといってよいでしょう。
 折しも、私は、1月27日に、参議院会館で開かれた「女性医療職エンパワメント推進議員連盟」の設立総会に出席しました。この議員連盟は女性医療職の健康支援等を目的として設立されました。女性医療職の働き方改革をとおした支援推進、さらには、女性特有の健康問題に着目した取組みを行っていくとのことです。同議員連盟は、衆議院議員の野田聖子氏を会長として、100人の議員が署名を連ねています。今後、すべての女性の自己実現を後押ししいくとしています。
 そして「女性医療職エンパワメント推進議員連盟」設立総会翌日の1月28日、私たち高齢者ケアを支える女性の会は、平成29年初の研修会と新年会を、東京・丸の内で開きました。
 研修の前半は、当協会の会員である宮澤美代子さんを講師に「現在の日本での外国人受け入れの動き」を学びました。後半はNPO法人ネットワークス専務理事の二文字屋修氏に「ベトナムにおける海外労働者送り出しの現状」をご講演いただきました。
 宮澤さんは日本と東南アジアを往来し、東南アジアにおける看護師の育成に力を注いでいます。そうした実績は、EPA看護師・介護福祉士候補者受け入れ等について行政に提言するなど、さまざまなところで活かされています。
 宮澤さんだけではありません。私たち高齢者ケアを支える女性の会の会員のお一人ひとりが、介護、医療、教育のフィールドにわたって、広く、深く活躍なさっています。そのことを、大変誇りに思い、また大変心強く感じています。
 ”学び“に始まった平成29年です。この平成29年を、会員の皆さまとともに、健康に恵まれ、学び、挑戦し、結果の出せる1年とするべく、歩んでいきましょう。

今月の言葉 (2016年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 平成28年もいよいよ数日を残すのみとなりました。いつものように東京に向かう新幹線の車中でも、自然とこの一年の来し方が思い浮かびます。
 振り返ってみると、平成28年、日本列島はさまざまな災害に見舞われました。4月の熊本地震、8月北海道・東北に相次いで上陸した台風、阿蘇、櫻島、箱根で噴煙を上げる火山、10月の鳥取県沖の地震も記憶に新しいところです。そして12月、強い風にあおられた炎は新潟県糸魚川市の町並みを焼きました。全く予測も付かない自然の力は、時として大きな災害を引き起こし、人災をさらなる悲劇に追い立てます。
 他方、平成30年の介護保険制度改正・介護医療同時改定に向かう動きに目を転じても、大変厳しい状況ばかりが浮かび上がってきます。
 自然の威力や社会情勢がこれほど不安定要素に満たされた中で、自分の立ち位置を見失わず、仕事の喜び、日々生活していく手応えをいかに実感していくか。
 もちろん、日頃の備えは必要です。しかし備えを越えた“予期せぬ出来事”に出合った時、人知が及ばぬことに遭遇した時、どうするか。誤解を恐れずに言えば、私にできることは「しゃあない。ここから何とか立ち上がろう」と腹をくくることだけです。負の出来事との出会いをバネに、「いつかこの闇を抜け出て、夜を明けさせる」という覚悟を持つことです。
 車窓には、広い裾野から立ち上がった富士山が姿を見せています。この1年、この富士の姿に、何度助けられ、勇気づけられたことでしょう。「いつか夜を明けさせる」。歴史を越えて、悠然と、しかも厳かに、あり続ける富士の姿を見ることが、私をこのような気持ちにさせてくれるのです。せわしく、大阪と東京を往来する私にとって、富士の姿は特別な存在として、この1年在り続けています。
 そして、新たな年の第一歩です。
 不透明感に満ちた平成29年が予測されるからこそ、高齢者ケアを支える女性の会は、暗雲を振り払うべく、元気に「新年会・研修会」を開催いたします。皆さまお集まりいただくのは、平成29年1月28日(土)午後4時、東京都千代田区・丸の内です。研修会の内容は、「人材確保の困難について、どこに活路を見いだすか」。一つの選択肢として、海外からの人材確保について、当会の会員でもある宮澤美代子さまを講師にお願いしています。詳細は改めて年明けにお知らせいたします。お忙しい中とは思いますが、皆さま、日程調整をお願いいたします。
 研修会のあとは、おいしいイタリアンを味わいながら、新年の親睦を深めたいと思います。では、よいお年を!

今月の言葉 (2016年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 わがルーツともいえる西葛城村を囲む山並みが、“錦秋”から“朔風葉を払う”季節に変る中、私にとって9人目の孫が誕生しました。
 これで、上は23歳から下はゼロ歳まで、9人の孫に恵まれたことになります。振り返ってみると、人の出会いの積み重ねから、私は、わが父と母の子として生まれ、夫と出会い、一男三女に恵まれました。そして、一男三女がそれぞれよき伴侶に出会い、私が9人の孫を得るという現在に続いています。改めて人生の妙を感じます。
 忙しい毎日の仕事が終われば、生まれて間もない孫が待つ家に心は急ぎます。家の仕事が一段落すれば、孫の顔を覗き込む日々です。
 孫の顔を覗き込みながら思うのは、「孫のかわいさは皆同じ。けれども下にいくほど愛おしさが増す」ということです。この違いは、自分の歳に関係するようです。
 初孫を持った時の戸惑いと喜び、男の孫、女の孫、それぞれに思いはあり、孫は等しく皆かわいい。このかわいさは何人孫を持っても変るものではありません。しかし、愛おしさが違うのです。なぜなら、23歳となりすでに医療への進路が見えている孫とは違い、誕生したばかりの孫の未来は、全く見えないということです。
 この子が20歳になる時には、この世界はどのような様相を呈しているのか。住みやすい世界になっているのか。いや、反対に住みにくい世界になっているのか。刻々と変わる世界情勢や国の枠組み、化学・医療の進歩。その中で、この孫はどんな成人式を迎えるのか。
 そのことが、愛おしさが増す所以でしょう!!
 それにしても、「愛おしい・・・・・・」。
最後に種明かしをすれば、私の95歳になった母曰く、「(9番目の孫は、)茂子ちゃんの赤ちゃんの時と、瓜二つ」。そう言われて改めて、父が戦地にあっても油紙に包んで常に持ち歩いたという写真を見直しました。オクルミの中の生後19日目の私は、目の前の生まれたばかりの孫と瓜二つ。もうすぐ娘夫婦と東京の自宅に帰るこの孫ですが、「いかなる世の中にあっても、幸多かれ、力強くあれ!」と願いつつ、改めてその寝顔を覗き込みました。

 会員の皆さま、師走に向かい、風邪などひかぬよう、ご自愛ください。

今月の言葉 (2016年10月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 霜始めて降る季節、全国で高齢者ケアの経営・運営に力を注ぐ会員の皆さまはいかなる想いの内に日々をお過ごしでしょうか。
 私は、先日講演のため、青森県の五所川原に行ってまいりました。ご承知のとおり、五所川原市は津軽半島の中南部に位置しています。平成28年9月現在の人口は約56,719人。高齢化率は27.8%、全国平均の22.9%に比して、4.9ポイント高い数値を示しています。
 講演では、「これからのグループホームの方向性」をテーマに、日々の想い、考えているところを率直にお話しました。悪天候の中にもお集まりいただいた250人。その中には、グループホームの事業者、職員のほか16人の高校生が参加していました。
 私は、高校生の皆さんに向けては、「将来、介護の世界にきてください。介護の世界には生きがいも夢もあります」とお話しました。講演後、16人の高校生を引率する教員は、「ここに参加した生徒の中にも介護の仕事に進む子が何人かいます。今日は大変よいお話を聴かせていただきました」とお話くださいました。
 さらに、講演後には、多くの方々、特に女性の皆さんから熱い言葉の数々をいただきました。
  「大変心強く感じた。会長が女性でよかった。これからもよろしく」。
  「今まで、あいまいだった組織の姿がはっきり見えてきた」。
  「もうすぐ定年を迎えるが、今日の講演を聴いて『元気なうちは働こう』と思った」等等。何人かの女性とは抱き合って、これから“ともに歩む道”を確認し合いました。
  私は「介護のフィールドでの女性の活躍」、「定年を超えて働き続けようとする熱い思い」、「次世代を支える若人の介護への期待と意欲」を強く感じることができました。
  講演後は五所川原をご案内いただき、十三湖のヤマトシジミの深い味わいを知り、20メートルはあると思われる巨大な山車・五所川原立佞武多の姿を見学する機会を得ました。歴史を重ねた確かなる暮らし、また、介護を支える熱き想いが新たな世代に引き継がれる手応えを感じた一日となりました。こうした仕事を通じて、私が常に思い起こすのが、高齢者ケアを支える会の皆さまの顔です。この想いを女性の会に持ち帰り、さらに皆さまとともに語り合いたいと思います。
  最後になりましたが、今秋予定していた「社会福祉法の改正に備えて」は五十嵐邦彦先生が体調を崩され延期となりました。すでに皆さまには、第1回の五十嵐先生の研修会の内容を受けて、具体的な対応策にお取組みのことと思います。今後の予定として、来春早々には、すばらしい講師をお呼びして研修会を行いたいと思います。
  では、次回研修で皆さまにお目にかかれることを楽しみに、もう一歩「前へ」と進んでまいります。

今月の言葉 (2016年9月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 “白露”を越え“秋分の候”を迎えた今、このひと月を振り返ると、さまざまな思いの内に過ぎた9月でした。
 第一に台風襲来による未曾有の大雨は、各地に深刻な被害を及ぼしました。その爪あとは容易に拭い去ることができず、胸が痛みます。
 介護保険制度のフィールドに目を向ければ、平成30年改正に向けて、介護保険部会の審議も2巡目となり、認知症施策等についても論点や課題が具体的に示されています。介護事業に携わる私たちも、今後の介護保険制度改正・報酬改定の議論の行方をしっかりと見定めることが求められているのを実感します。
 また、秋は大会や研修会が次々に開かれています。大会や研修会への参加は、人と人の縁を結び、その出会いはまた次のご縁に繋がっていきます。私も、9月18日、19日の両日、当会の会員でもある社会福祉法人 野の花会の吉井敦子理事長が主催する大会に参加させていただきました。大会では、吉井先生のパワーと統率力、さらには女性らしい感性を併せ持つご活躍に、同じ女性として誇りを持ちました。
 幸い、介護事業の運営・経営に携わる私たちの立場にあっては、介護にかける自分の夢を託すことのできる後継者を育てつつも、現役としてのエネルギーが内に満ちている限り、自身の足で夢を追いかけることができます。たとえ小さい規模の事業であっても、大きな規模の事業であっても、自分に気力と体力とそれを許す環境があれば、幾つになっても第一線で働くことができます。現役の持つ強さ、エネルギー、希望。皆さまの輝きの源もそこにあるのではないかと拝察しています。

  改めて、一言。
  高齢者ケアを支える女性の会に、乾杯!

今月の言葉 (2016年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 お盆も過ぎ、きょうは一人、東京で開かれる会議に出席のため新幹線に乗りました。会議は午後です。朝に思いついて自分のためのお弁当をつくりました。
 お弁当は、梅干入りのおにぎりを2個に、卵焼き、しゃけ、自家農園で取れたピーマン、手づくりのきゅうりの漬物を添えました。デザートは大好きな幸水なしです。
 いつもは、新幹線の車中にあっても、たいがい急ぎの仕事を抱えていて、時間に追われています。きょうは車中で久方のやすらぎを得ることができました。
 『のぞみ』が新大阪のホームを発車すると、私は、すぐにゆったりと座席を倒しました。楽な姿勢になって車窓に目をやると、やがてお城の天守閣が見えてきました。大老井伊直弼に代表される井伊氏の居城、彦根城と思われます。
 『東海道新幹線に乗ると、新大阪から東京までの間に5つのお城の天守閣を見ることができる』という話を思い出しました。頭の中で、天守閣のある城を西から彦根城、清須城、名古屋城、掛川城、小田原城と数え終わった頃に、またまた、天守閣が見えてきました。「あんなところにもお城があったのか」と新たな発見の連続です。見る角度と何よりもその時の自身の心の有様で、普段は目にとまらないものがいろいろと見えてきます。
 そして、こうして体を伸ばし、ゆったりと心を開放すると、「毎日が忙しすぎる。心も頭も張り詰めているばかりでは、人生はむなしい」と思えてきました。と同時に、「ならば、この胸に浮かぶ思いと湧き上がるエネルギーを何にぶつけようか」と新たな意欲が生まれます。
 「さあ、これから何をしようか」、「何を見ようか」、「何を楽しもうか」そして「何に挑戦しようか」。きょうの車中のひと時が、私のこれからの時間に、また、何かを与えてくれたようです。
 いつもは敬遠して飲まない、車中販売のホットコーヒーが“とてもおいしく”感じられたのもまた、心の有様がもたらした“不思議”かも知れません。

 台風の季節が続きます。会員皆さまと職員の方々、ご利用者・患者の方々が、健やかに清しい秋をお過ごしになることを、お祈りしています。

(新幹線の車中にて)

今月の言葉 (2016年7月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 去る6月27日、私たち高齢者ケアを支える女性の会の理事の山本惠子先生がお亡くなりになりました。突然の訃報に、大きな悲しみでいっぱいです。私たち高齢者ケアを支える女性の会会員を高知県にお招きくださった際の惠子さんの笑顔が脳裏に浮かびます。
 振り返りってみれば、平成25年8月10日、女性の会は、惠子さんが理事長をしている介護老人保健施設夢の里(高知県南国市)で、「災害時における社会福祉法人の使命」と「SOAPの活用」の2つのテーマで、研修会を開催しました。
 研修日の前日は、よさこい祭りの前夜祭で、前泊した会員は、80年の歴史を持つ鏡川河畔の老舗料亭「臨水」の2階座敷で、皿鉢料理のおもてなしを受けました。
 私たちが思わず歓声を上げた夜空に開いた「4,000発の花火」。
 惠子さんが先頭に立って、両手に持った鳴子を振りながら、上手に踊ってくださった「よさこい踊り」。
 惠子さんの音頭で、会員全員で合唱した「南国土佐をあとにして」の歌声。
 どれも、昨日のことのように思い出されます。
 高知県のお国柄は、親しい友に対するお接待を大変重要視すると聞いていますが、ここまで、私たちを心から歓迎してくださったことに恐縮し、胸打たれたことを今も忘れることができません。そして、何よりも私の心に残ったのは、よさこいを踊っている時の惠子さんの笑顔です。その笑顔は天空に打ち上げられた花火にも負けない明るさと、輝きと、存在感を放っていました。
 惠子さんとはお互いに信頼し合い、長いお付き合いをさせていただきました。いつも彼女のバイタリティーに刺激されていました。電話の第一声はいつも「Hellow」で始まりました。茶目っ気たっぷりな明るい女性でした。
 症状が悪くなっているとはうかがっていましたが、時々かかってくる電話の声の様子に一喜一憂していました。ご子息(山本康世さん)の話をしている時に、「あとはよろしく頼むね。苦しいからもう切るね。ごめんね」が最後の電話になりました。今も涙が止まりません。

 惠子さん、後のことは心配せずに、安らかにお眠りください。さようなら。

合掌


追申 8月7日高知市で行われる「お別れの会」には、高齢者ケアを支える女性の会一同として供花させていただき、お参りさせていただきます。

今月の言葉 (2016年6月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 6月には、変化する空模様の中で、さまざまな風景が浮かび上がります。刈り取りを待つばかりの麦畑。田植えがすんだ田んぼのあぜ道にはほたるの光も見えます。曇り空の下、色づいた実をつける梅ノ木。雨の中、庭に咲く紫陽花。晴れた日の夕方、田畑を渡る涼風は、これから待ち受ける炎暑の前のひと時の安らぎを与えてくれます。
 そのような6月に入ったばかりの3日、日本認知症グループホーム協会は、私の尊敬する3人の先生と厚労省から水谷忠由認知症施策推進室長をお迎えし、「認知症ケア全国フォーラム」を開催しました。東京都千代田区のYWCA・カフマンホールでのことでした。
 3人の先生とは、元厚労省事務次官で現在東京大学高齢社会総合研究機構特任教授の辻哲夫先生、東京医科歯科大学脳統合機能研究センター特任教授の朝田隆先生、群馬大学大学院保健学研究科教授の山口晴保先生です。
 常に前向きに人生を捉え、日々活躍されている先生方からは、それぞれの切り口に立った、深い知恵と根拠に基づいた分析をお示しいただき、さらには大きなエネルギーをもいただきました。特に、壇上から発する4人の講演者の人間的魅力は、私をはじめ会場に集まった多くの参加者を魅了しました。
 フォーラムの終了後の懇談のひと時では、辻先生がお話になった『一点突破 全面展開』という言葉が私の心に残りました。
 『一点突破 全面展開』は、孫子の兵法で使われた言葉といわれています。その意味は文字どおり、一点を突き破れば、そこから世界が広がり勝利に導かれると解されています。
 なぜこの言葉がこんなにも私の胸にストンと落ちたのか。
 どんな職業、職場にあったとしても、八方塞がりに直面し、判断に迷うことがあります。その時、決断の何がポイントになのか。超えるべきハードルは何か。熟考して行動すると、すっと目の前が開け、進むべき道が見えてくることがあります。
 辻先生のお話をうかがって、改めて、リーダーには、判断力、決断力、実行力が不可欠であることを再認識しました。
 6月には、医療・介護に関わる各法人や全国の医療・介護経営者団体の総会が開かれます。議論を尽くして、一点を突破し、無限の可能性を秘めて全面展開へ。
 私たち高齢者ケアを支える女性の会も、ともに四季折々さまざまな風景を楽しみつつ、未来に続く道を歩んでいきたいと思います。

今月の言葉 (2016年5月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 季節は早や立夏から生命が満ち溢れるといわれる小満に変わりました。皆さま、ますますご活躍の毎日をお過ごしのことと思います。
 高齢者ケアを支える女性の会は、5月21日には、本間達也先生のご好意で、平成27年度総会と平成28年度第2回会研修会を、福島県の医療法人生愛会、社会福祉法人生愛福祉事業団を会場として、無事開催することができました。
 “生愛会”は福島市の北西部、フルーツラインに隣接する小高い丘の上にありました。桃、なし、りんご等の木々や里山に囲まれた“生愛会”は大きく3つのエリアからなっていました。「100床の老健を中心とする医療法人生愛会」、「特養とグループホームからなる社会福祉法人生愛福祉事業団」、そして「地域交流館カナリア(介護予防カフェ)やクリニック、地域包括支援センター、サービス付き高齢者向け住宅からなる生愛会総合リハビリリテーション医療ケアセンター」の3エリアです。
 建物はそれぞれのサービスの特徴を最大限に生かした設計で、隅々まで本間先生の「生活医療とリハビリそして介護の連携で地域を支える」という強い思いで貫かれていました。清掃も行き届き、備品室の介護用品、生活用品は一目で在庫の状態が分かるように整然と収められていました。
 何よりも驚いたのは職員の教育が行き届いていることでした。本間先生の「しつけはまず形から」という言葉が深く心に響きました。
 本間先生のお人柄は、総会に続いての講演「大災害とリスクマネジメント」で如何なく発揮されました。2時間の講演では、本間先生の骨太な人生の軌跡が率直に語られました。若き日の戸惑い、怒り、悩み、苦しみ、さらにはさまざまな人との出会いが今日の本間先生を創り上げていることに深い感銘を受けました。
 また、講演後半の『災害時のリスクマネジメント』についてのお話では、「東日本大震災の被災地」として数々の提言を発し、また、このたびの熊本地震では全老健「平成28年熊本地震対策本部長」として陣頭指揮に立たれた本間先生なればこその、貴重な助言をいただくことができました。
 一見、回り道に思える時間の積み重なりが、人を育て、大きな理想に挑戦する人間を創り上げることを実感するとともに、勇気とエネルギーをいただいた研修でした。

 ご尊父本間康男先生がご逝去されてまだ日が浅く、大変な時期にもかかわらず、私たち一同を温かく迎えてくださり、本当にありがとうございました。
 本間先生、鈴木美千代さまに、心より感謝を申し上げます。
 (平成28年5月30日)

 なお、「活動報告」に、4月のオランダ・ホフヴェイへの研修旅行について、会員2名の方からいただいた報告書を掲載しています。

今月の言葉 (2016年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 熊本地震で被災された皆さまに、心よりお見舞いを申し上げます。

 4月14日午前中、高齢者ケアを支える女性の会の「オランダ研修旅行」から帰った私は、その日の夜に熊本県を中心に九州を襲った地震に驚き、関係者とともに微力ながら、災害対策に取り組んでおります。
 被災者の方々の健康に想いを馳せつつも、ここでは、4月10日~14日に行った高齢者ケアを支える女性の会の「オランダ研修旅行」のご報告をいたします。
 私を含めた会員11名は、オランダの認知症村 De Hogeweyk(ホフヴェイ)見学のため、4月11日にアムステルダムに到着しました。アムステルダムから向かったキューケンホフ公園には、満開の桜の下、チューリップ、水仙、ヒヤシンスの花々が、咲き誇っていました。特に「オランダが世界一」といわれるチューリップは、数百万本が赤、白、ピンク、黄色等、色とりどりに咲いている様子が見事でした。
 翌4月12日には、認知症村ホフヴェイの見学となりました。オランダでは、認知症高齢者の85%が家庭で暮らし、残り15%は在宅では無理なので、施設で暮らしているとのことです。
 「認知症村」として世界の注目を集める認知症施設ホフヴェイは田園地帯に、約1万2千平方メートルの土地を高い塀で囲む形で、存在していました。入り口がオートロックと監視カメラで管理された塀の中は、まさに一つの村が形成されていました。グループごとに暮らす住まい、スーパーマーケット、カフェ、映画館、美容院等が立ち並んでいました。そこでは、現在152人、平均年齢84歳の認知症の人たちが、暮らしています。ホフヴェイには、「認知症の人が普通の生活を送ること」を第一義として、あらゆる生活環境が整えられていました。
 しかし、私が驚いたのは、スーパーマーケットをはじめとしたすべての店の店員、従業員は介護、医療スタッフであり、全員が施設のスタッフなのでした。まさしくホフヴェイの創設者たちが試行錯誤を重ねて、「認知症村をつくり上げてきた」ことがうかがえます。
 グループはライフスタイルの違いにより以下のように7つに分かれています。入居時の詳細な聞き取りによって、一人ひとり暮らすグループが決められます。
 ①都市型のライフスタイルのグループ、②家庭的なライフスタイルのグループ、③文化的で芸術を好むグループ、④かつてオランダ領であったインドネシアでの暮らしが長かった人中心のグループ、⑤過去にビジネスをしていた人たちのグループ、⑥伝統的な価値観、生活習慣を持つグループ、⑦信仰を大切に暮らすグループ。
 どのグループも共通して、以下の6項目を大切にしています。①好ましい住環境、②生活の楽しみ、③従業員とボランティア、④健康、⑤組織、⑥生活スタイル。
 この6項目については、日本でも同様な考え方で、認知症ケアへの取組みが行われているのは、会員の皆さまもご承知のとおりです。
 しかし、私が施設(住居部分)を見学して、違和感を持ったのは、夜間、日中の人員配置体制です。
 まず、夜間体制です。ホフヴェイでは、152人の入居者に対応するのは5人の夜勤者なのです。しかも、そのうちの1人はセンサーによる中央管理業務を行っています。入居者への対応は残る4人の仕事となっています。9人の入居者に対して、1人の夜勤者が対応する日本の認知症グループホームとの大きな違いを感じました。
 日中体制にも違いを感じました。午前7時から午後10時までは2人の職員で対応しているのです。すなわち、15時間を2人の職員で支援していることになります。
 これで本当に適切な認知症ケアができるのか、不安が残ります。その点については、排泄ケア等についても「個人を尊重する」といった考えに基づくなど、国民感情の違いがあるように感じました。
 体制の問題ともう一つ、期待と異なった点は、ホフヴェイの村のあり方でした。確かに152人の認知症の人たちは、広い敷地の中で、日々の生活を支え・彩る整った設備・環境の中にいました。しかし、それは『普通の生活』の疑似体験であり、ホフヴェイの村は“本当の意味の地域”からは隔離されたものでした。もちろん、それは、入居者の安全を確保し、無用なトラブルから守ろうとする考えからの取組みであることは理解できます。
 ただ、私たちの求める地域とともに生きる認知症の人の生活とは、大きく一線を画するものだったという思いが残ったのは事実です。と同時に、「我々グループホームの職員は、認知症ケアの質においては、世界を間違いなくリードしている。最終目標はまだ先にあれども、これまで我々が歩んできた道に誤りはない」とも確信しました。
 今回の研修旅行は、「認知症の人たちが、その人らしく、しかも安心、安全に暮らすためのまちづくりに、我々はどのように取り組んでいくか」、また、「認知症の人たちがまちづくりに参加することとは?」という命題について、さらに考えを深める機会となりました。
 熊本県をはじめ被災県の1日も早い復興を、お祈りいたします。
 (平成28年4月28日)

今月の言葉 (2016年3月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 桜花が爛漫と咲き誇る中、NHKの朝の連続テレビ小説「あさが来た」が最終章を迎えています。幕末から明治、大正と、大阪を主舞台に明るくひた向きに駆け抜けた主人公あさの型破りの生き方は、この半年間私を大いに楽しませてくれました。
 主人公のあさが大同生命の創始者の一人で、日本初の女子大学、日本女子大学の創設に力を尽くした広岡浅子がモデルであることは、広く知られるところです。広岡浅子の座右の銘である「九転十起」は、浅子が“事業経営”や“女子高等教育”の途上で直面した数々の壁を乗り越える支えでした。まさにフロンティアとしての生き様が、あさの連続テレビ小説には、詰まっていました。
 特に、日本女子大(テレビ小説では、日の出女子高等学校)の教壇に立つあさと女子学生平塚らいてう(ドラマでは平塚明)とのやり取りは興味深いものでした。価値観の違いから、明はあさに反発します。あさは自宅に突然押しかけてきた明に驚きつつも、自分の意見を堂々と述べる明に、新しい日本の女性の姿を見ます。他方、明は、あさを超える女性になることを心に誓います。まさにフロンティアとフロンティアの出会いといえます。
 奇しくも、平成23年「高齢者ケアを支える女性の会」が誕生した際の「設立の趣旨」には、平塚らいてうの『青踏』発刊の辞の冒頭「元始女性は実に太陽であった」の一文を掲げました。その心は、志を同じくする女性がともに、よりよい高齢者ケアのフロンティアとしての一歩を踏み出そうというものでした。
 平成27年度の締めくくりとなる今、介護を巡る状況を見回すと、介護保険制度・介護報酬を巡る各審議会・委員会の動きが活発になっています。議論では、介護保険制度の光と影が交錯しています。何が真の光で、影を生み出している原因は何か。また、影の部分を光の部分に変えるためにはどうしたらよいのか。問題は決して単純ではありません。
 私たち高齢者ケアを支える女性の会にできることは、日々の取組みの中で、問題の根源を見つめつつ、介護を求める国民の願い、介護に汗を流す多くの人々の声をしっかりと聴き取り、ともに話し合うこと。そして、その結果を適時、適切な形で発信していくことではないでしょうか。
 いまさらながら、大隈重信夫人があさを評した「人生の戦場の本当の勇士」という言葉が重く響きます。私たちも挑戦者としての気概を忘れずに、平成28年4月へ、踏み出していこうではありませんか。
 (平成28年3月31日)

今月の言葉 (2016年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 かすみたち、山野に春の趣が感じられる季節となりました。
 私の内にも、冬の寒さを乗り越えて、明るい季節に踏み出す準備が整いつつあります。
 そのような私をさらに元気づけるかのように、一通の手紙が届きました。私が会長を務める協会の“ブロック意見交換会”に出席のためお訪ねした、ある県支部の事務局の女性からの手紙でした。春の小花があしらわれたきれいな便箋に、ていねいな優しい書体で、ブロック訪問に対するお礼の言葉がつづられていました。
 『会長として誰よりも早く会場入りして、意見交換会出席者の皆さんを迎えたこと』を認めてくださり、『この日の意見交換会がとても考える場となったという喜び』がつづられていました。
 介護保険を取り巻く状況は厳しく、規模が小さな事業所がより質の高いサービスを安定的に提供していくことは、決してたやすいことではありません。そうした状況下だからこそ、一人ひとりの力を結集して、現状を見つめ、本音を語り合い、課題解決への糸口を具体的に探ることが大切です。そして、その結果を分りやすく、根拠を示しつつ、適切な形で、介護に携わる同じ思いの事業者さらには国や国民の皆さまに広く発信していかなくてはなりません。
 私は、そのような思いで、全国をお訪ねしています。
 しかし、長い道のりの途上では、正直、落ち込むことがないとはいえません。そのような時、私を元気づけてくれるのが、今回のお手紙のような温かい励ましであり、「ともに考えよう」。「ともに歩もう」という語りかけです。振り返れば、これまでもそのような多くの励ましをいただいて、私は山や坂を越えてきたように思います。
 高齢者ケアを支える女性の会も、発足以来5年の時を経ました。本年4月にはオランダ研修、5月には総会・生愛会施設見学と研修会と、確実な歩を進めています。今後は、皆さまのご助力・ご支援を得て、さらに新たな取り組みを展開していきたいと考えています。
 どうぞよろしくお願いいたします。
 (平成28年2月27日)

今月の言葉 (2016年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 謹んで新春のお慶びを申し上げます。
 元旦に毎年私が思うことは、この朝降り注ぐ太陽は昨日までの太陽とは、全く違って感じるということです。元旦に昇る太陽はさんさんと降り注ぎ、夢と希望が満ち溢れているように感じます。大晦日と同じ陽光でありながら、心の持ちようで、こんなにも変るものなのでしょうか。おかしくもあり、鼻歌が出てきました。
 高齢者ケアを支える女性の会も、平成23年1月27日大阪市・中之島リーガロイヤルホテルで行った発起人顔合わせから、ちょうど5年を迎えました。設立の趣旨「女性の心を一つにして、介護保険の灯を守らんとする多くの人々とともに、よりよい高齢者ケアの実現に取り組もう」と、ここまで歩みを進めてまいりました。その間、会員皆さまには、当会の総会・理事会の開催をはじめ施設見学、研修会や講演会、意見交換会の開催等、多くのご支援をいただいてきました。
 会員の皆さまと知り合い、交流が深まる中で、私は多くのことを考え、学ぶことができました。いまさらながら、会員のお一人おひとりに、感謝、感謝の気持ちで一杯です。
 平成28年の高齢者ケアを支える女性の会も、新たな企画が満載です。
 4月には、オランダの認知症の街ホフヴェイへの研修旅行、5月には福島県の医療法人生愛会・社会福祉法人生愛福祉事業団の施設見学と理事長の本間達也先生のご講演を計画しています。本間先生は東日本大震災の被災の中でリスクマネジメントにも取り組み、被災地での人材確保の状況をつぶさに検証してきた方です。
 私たちの歩みは、まだまだ続いていきます。さらには、高齢者ケアを守る女性の会の新たな活動を皆さまとともに考えていきたいとも考えています。
 年初に当たり、皆さまのご意見をいただきながら、新たな夢に向かって希望を持って進んでいきたいと思います。
 皆さま、本年もよろしくお願い申し上げます。
 平成28年が会員の皆さまにとって輝く1年になることをお祈りいたしております。
 (平成28年1月27日)

今月の言葉 (2015年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 師走に入ってのある1日、私は所用があって東京・本郷にある東大赤門を潜りました。
 東京大学の通称ともなっている「赤門」は旧加賀藩前田家上屋敷の御守殿門です。1827年第12代藩主前田斉泰が将軍徳川家斉の21番目の息女溶姫を迎える際に、造られたものです。建築様式は切妻造りで、左右に唐破風造りの番所を置いていて、国の重要文化財になっています。
 本郷通りから赤門を入り、キャンパスを歩いているうちに、私は過ぎ去りし学生時代に戻った気持ちになっていました。キャンパスには学生や教官らしき人々が行き来していました。その姿に目をやりながら、私は、開学以来多くの人々がこの地に集い、真摯に学び、議論し、研究した時の流れの重さを感じました。このキャンパスを学び舎として多くの人々が巣立ち、やがて日本を支える人材に育ったことの重さを感じます。
 やはり〝東大″はすばらしい。そこには、学ぶことの楽しさ、喜びを謳歌し、たとえ人生で苦しみ、挫折に出会っても、自分の可能性を信じ、未来に向かって進んでいくエネルギーのほとばしりを感じ取ることができました。そして、「学びたい」、「今から何かに向かって挑戦していきたい」という想いが胸の底から湧き上がってきました。
 現実には、毎日が時間に追われる中で過ぎていきます。しかし、ふと息が抜けたひと時に何かに出合い、その出合いが何事にも代えがたい貴重な経験になることがあるように思えます。
 考えてみると、実はこの想いは、この高齢者ケアを支える女性の会の皆さまとともに過ごす時間の中で、たびたび感じていたことでした。当会発足以来4年、その時の流れは、私にとって大変重いものでした。
 御礼が後になりましたが、先月11月21日、22日には、30余名の会員の皆さまが私の育った水間の地、私の認知症ケアの取組みの原点となった河崎病院、高齢者ケアの出発点となった岸和田市・介護老人保健施設大阪緑ヶ丘をお訪ねいただき、貴重なひと時を過ごすことができました。心から感謝いたしております。
 新しい年も、多く人々と出会い、貴重な時を積み重ねて、さらに前に進んでいきたいと思います。
 どうぞ、皆さまよろしくお願いたします。

今月の言葉 (2015年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 11月21、22日、「高齢者ケアを支える女性の会」の理事会・総会と研修会を、社会医療法人慈薫会河崎病院で開催、無事終了したことを、ここにご報告いたします。多くの会員の皆さまが貝塚市水間の地にお集まりくださったことに、心より御礼申し上げます。
 研修の初日、水間は空高く晴れ渡り、11月末とは思えぬ暖かい陽射しに満ちていました。総会前には、岸和田市にある介護老人保健施設大阪緑ヶ丘とグループホーム大阪緑ヶ丘を見学、みかん狩りも楽しんでいただきました。また、本年4月に新築なった河崎病院、さらには、私の認知症ケアへの出発点となったグループホームひまわり河崎も見学いただきました。
 総会に引き続いては、大阪大学副学長・整形外科教授の吉川秀樹先生に「目には見えない大切なもの」をテーマにご講演いただきました。分かりやすく、胸にしみ入るお話が、“時には厳しい医療と直面しなくてはならないドクター”である吉川先生から語られたことに、会員の皆さまは、新鮮な印象を持たれたことでしょう。その夜、奥水間温泉に会場を移しての、吉川先生を囲む意見交換会では、情報交換や談笑の中、時がゆったりと流れていきました。
 研修2日目には、貝塚市木積にある孝恩寺を見学しました。孝恩寺は奈良時代、僧行基によって建立されたものです。鎌倉時代に建て替えられた観音堂は「木積の釘無堂」と呼ばれ国宝になっています。境内の宝物館には、黒漆箔の「阿弥陀如来像」をはじめ「十一面観音立像」、「文殊菩薩立像」など18体の仏像と「板絵着色天部像」1体が安置されています。これら19体は、この地域が豊臣秀吉の紀州攻めの際には薬師池に沈められて焼失を免れたもので、現在、重要文化財に指定されています。1300年の時を超えてそこに立ち、衆生を見守り続ける仏像。19体の仏像に囲まれて過ごした1時間、皆さまは、いかなる感慨をお持ちになったことでしょうか。
 私は、このたびの研修・理事会・総会が「河崎病院で開催」と決まった時、2日間の行程が「心を癒す旅」となることを一つの着地点として、計画を立てました。この水間での2日間が、医療・福祉のフィールドで忙しい日々を過ごされている会員の皆さまにとって、人生の五線譜における四分休符として、心を癒すひとときになってほしいと願っていたのです。
 ですから、実際にこの水間の地に全国から会員の皆さまが集まって、ともに見、ともに聞き、ともに話し合い、ともに笑い、意見を闘わせ、互いに理解を深めることのできたこの2日間を大変うれしく思います。一人の女性として、人として、同時代を生きる仲間が、心を寄せ合えたと実感したのは、決して私一人ではなかったと信じたい思いです。
 2日間の研修を支えてくださった会員の皆さま、そしてその職員の皆さまに、深く感謝申し上げます。

今月の言葉 (2015年10月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 「これは一体どこの国の出来事か!」。まさにわが耳目を疑うような出来事が報道されています。横浜市の大型マンションで発覚したデータ改ざん問題です。
 “事件”は、マンションの傾きに気がついた住民が売主の不動産会社に訴えたことにより発覚しました。不動産会社が傾いた棟周辺のボーリング調査を行うと、杭の一部が支持層(固い地盤)に届いていないことが確認され、続いて、杭の施工記録に大きな改ざんがあったことも明らかになりました。事件は、売主、元請け、1次下請け、2次下請けが絡んで、大きく被害が広がる様相を見せています。
 2次下請け会社が杭工事を行ったのは、この10年で3,000棟。偽装の実態が報道により明らかにされるに連れて、事件の深刻さは増しています。まさに、悪意が生んだ無責任の連鎖といえましょう。企業規模が大きいだけに、マンションのみならず病院や介護保険関連施設にも本当に被害が及んでいないのか、気がもめるところです。
 今回の事件は、日本に広がる「大手であれば安心」という安全神話に大きな警鐘を鳴らしたものと考えています。さらに言えば、日本人が長年培ってきた国家的信用も揺らいだといって過言ではないでしょう。戦後70年、我々日本人は、敗戦後の廃墟から立ち上がり、勤勉に、正直に一所懸命働いて、“豊かな日本”を築いてきました。そうした世界から得た信頼が、今回の事件で瓦解してしまったことは、とても残念に思います。
 何がこのような状況を生んでいるのか。
 今の社会を見ていると、「何か大切なものが一つ足りない」と感じるのは私だけでしょうか。今の社会が失ったものとは何か。私は教育、もっと言えば、心の教育の欠落だと感じています。まさしく戦後教育のひずみの現われではないでしょうか。私たちは、今ここで立ち止まって、我が国70年の道程を見直し、本来日本人が持っている誠実さ、勤勉さを取り戻さなければ、再び同様の事件、被害が起きるでしょう。
 経済優先の、視野の狭い目先の利益にばかりとらわれずに、日本人が持つ、誠実、勤勉といったDNAに基づいた、人間の生活を支えるための営みを粛々と積み重ねていくことが何より大切ではないかと考えます。

今月の言葉 (2015年9月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 白露を迎えた宵、古い民家を移築した料理屋で日本酒を楽しむ機会がありました。
 時代の息遣いが感じられる一室、お膳に並ぶ料理は、素朴さを残しながらも料理人の“和食の粋をきわめたい”という思いがあふれていました。私は、切子の杯に満たされた琥珀色の岐阜の銘酒を味わいながら、いつの間にか女性の生き方に思いを馳せていました。
 思い起こせば、女性が自由に外で仕事をし、その余韻を楽しみつつ杯を傾けられるようになったのは、いつの頃からでしょうか。
 現代の社会では「女性活用」が叫ばれ、十二分とはいえないまでも、そのことが世の中で認められつつあります。しかし、それは決して一日にして成ったわけではないことを、私たちは、よく知っています。大きな時代の流れの中で、女性力は芽吹き、育てられ、蓄えられてきたといえます。
 女性活用の礎にあるのは、第一に「平和」であると私は確信しています。女性は長い苦しい道程を経て、昭和20年8月の終戦を迎え、同年12月には女性参政権が認められました。
 第二に、1960年代に本格化した電気製品の普及があげられるでしょう。洗濯機、冷蔵庫、掃除機そして今日に至る電子レンジの普及は、女性の仕事とされていた家事を省力化し、女性の負担を軽減しました。
 第三にあげられるのが、2012年に導入された介護保険制度です。介護保険制度の発足はまさしく介護の社会化であり、年老いた両親や舅姑の介護に直面して疲弊する女性たちに変化をもたらしました。そして何よりも介護保険との出会いにより、私たち高齢者ケアを支える女性の会のメンバーの歩む道が大きく変化したのは、いうまでもありません。
 この女性力活用への70年の歴史をさらに未来にと繋ないでいくためには、私たちは何を行えばよいのでしょうか。それは、現在の日々の取組みを真摯に積み重ねていくこと。そして、仲間とともに歩んでいくこと。
 高齢者ケアを支える女性の会の皆さん、会の掲げる目標と使命を常に意識し、くじけず、恐れず、ひるまず、女性力を全開して前に進んでいきましょう。

 この原稿を書き終えた後に、北関東地方を襲った水害のニュースが飛び込んできました。被災された皆さまに、心よりお見舞いを申し上げます。

今月の言葉 (2015年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 暦が七十二候の天地始粛(天地初めて寒し)に当たる8月28日を迎えて、“昨日までの暑さがうそのような日々”が続いています。
 そのような中、行く夏を惜しむかのように、私の高齢者ケアの一つの拠点である大阪緑ヶ丘では、納涼夏祭りを開催しました。介護老人保健施設大阪緑ヶ丘の入所者、グループホーム大阪緑ヶ丘の入居者、デイケアのご利用者の皆さまと職員、さらには60人を越えるご家族の参加を得ての夏祭りでした。
 別館1階の会場では、職員がホットケーキを焼いたり、綿菓子の機械を操ってふわふわの飴を割り箸に巻き取ったり。夏祭り参加者によるゲームも行われました。
 この日のハイライトは、職員による仮装大会でした。各部署から出場した7組の仮装は、アイデア、衣装、化粧、演技とも大変こったものでした。いつもの彼らを知る私にとっては、びっくりしたり、感心したり。会場からも大きな拍手と笑い声があがりました。
 7組の表彰では、審査委員長である私は、夏祭りに参加していたご利用者のひ孫さんの小学生に、「どれがよかったかしら?」と尋ねました。真っ先にあがったのが、リハビリ室のPTとOTの職員が演じたゲーム「刀剣乱舞一期一振り」のキャラクター巫女と刀剣剣士の2人組でした。カラーコンタクトを使用してのメーク、金モールをあしらった手づくりとは思えぬ豪華な衣装とサーベル。子どもの目にもそのあでやかさと迫力が群を抜いていたのでしょう。これを1等賞としました。
 1等賞こそ逃したものの、グループホームの男子職員3人(65歳、38歳、30歳)の『ミドリシスターズ』の女装にも、その付けまつげの見事さに圧倒されました。その他『どじょうすくい』、『ドラえもんとのび太』等等、7作品はいずれもカメラのシャッターが続けざまに押される大人気。7作品を演じた職員たちは、会場には参加できなかったご入所者のために、療養棟へもパレードを行いました。
 職員にとって、入所者や入居者さらにはご利用者によいケアを提供することが何より大切なのは言うまでもありません。しかし、私は、夏祭りの賑わいの中で、「職員が、ご利用者やそのご家族とともに、同じ時を過ごし、楽しみ、そして心を通わせることこそ大切だ」との想いを新たにしました。

今月の言葉 (2015年7月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 桐初めて花結ぶ季節となりました。プライベートで、北海道の稚内、利尻島、礼文島に旅しました。うだるような暑さの大阪を離れ、日本の北端の地に立つと、気持ちよい涼風が吹いていました。普段暮らす大阪、仕事で通う東京とは全く別の世界でした。
 島の花の盛りの季節は過ぎていましたが、リシリイオウギやレブンアツモリソウ、エゾカンゾウの花を見ることができました。海抜ゼロの地点で高山植物が見ることができるのも、北の島の魅力の一つでした。
 その中で私が強く感じたのは、人間は置かれた環境に応じて、きちんと暮らしを営んでいくことができるということです。人口が減少し高齢化率50%の島にあっても、自分の生まれ育った土地への想いを大事にしながら、それぞれ“自分の生活”を暮らす人々がいました。
 島では、80歳を過ぎて海辺の家で一人暮らしを続ける女性は、いまだに岩の上からカギ棹を使って利尻昆布をとる生活を続けていました。また、90歳を過ぎて、なお一人で漁を続ける男性もいました。彼らは島にあって、自らの生活を見つけ、自分に残された機能を十二分に発揮した日々を送っていました。
 今度の旅で印象に残ったのは、稚内、利尻島、礼文島いずれの地でもたくさんの鳥居を見かけたことです。そして多くの鳥居は、山に向かって建っていたということです。漁業を生業とする土地でなぜ? と島の方にうかがうと、「山が豊かであってこそ、海が豊かになる」との答が戻ってきました。
 「山の豊かな土が長い年月をかけて海に運ばれ、豊富なプランクトンを育てる」。今は科学的に理解されていることを、島の人々は何百年も前から先祖から受け継いだ知恵として大切に守ってきたのです。島での生活は、神、人間、自然というものが上手くかみ合っているということを感じました。
 人々は山の神、海の神に対して、鳥居に手を合わせることで何かを求め、自然と上手く向き合いながら、自分の生活を送っていました。
 何を持って幸せとするのか。何を思って日々を暮らすのか。人の価値観、人生観は千差万別です。私にとって、北の島への旅は「生きる」、「人生」ということの意味を改めて考える機会となりました。
 秋、会員の皆さまに大阪においでいただく際には、私が『高齢者ケアを支える女性の会』の発足を願う原点ともなった地をご案内するとともに、私の生まれ育った自然豊かな土地、水間を守り続けてきた仏像が安置されたお寺にご案内いたします。また、「人間が生きるということ」、「生きていくうえで大切なものとは何か」を感じていただける講演を予定しています。
 皆さまに、水間でお目にかかれる日を楽しみに・・・・・・。

今月の言葉 (2015年6月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 本日6月20日東京・新宿で、当会の理事会を開催し、規約整備についての取組みと平成27年度の第2回研修会、第3回研修会の検討を行いました。理事会の議事内容は、別途、会員の皆さまにご報告いたしますが、各役員の活発なご意見と会員皆さまから日頃から寄せられる積極的なご要望により、「高齢者ケアを支える女性の会」の活動が、一層充実したものになっていくことを、大変うれしく思っています。
 早速でございますが、ここで御礼とご報告をさせていただきます。公益社団法人日本認知症グループホーム協会の選挙では、会員の皆さま方に大変ご心配をおかけいたしました。また、選挙活動期間中、女性の会の皆さまからいただいた数々の激励のお言葉は、私の勇気の源となりました。おかげさまで再選を果たし、これからの2年間が、私の会長職としての正念場だと、今改めて気を引き締めております。
 皆さまご承知のとおり、平成27年度の介護報酬改定は、一律基本報酬を大きく引き下げるという、我々介護事業者にとっては大変厳しい結果となりました。6月現在、平成27年4月からの介護報酬のレセプトを見ますと、驚くような数値になっています。老健、特養、グループホームいずれのサービスも、小さいところはダイレクトに、大きいところは大きいなりに、私たちが想像していた以上の厳しい結果となっています。大変残念なことです。
 私は、まさに、この難局の中で、公益社団法人日本認知症グループホーム協会の会長という重責を背負い、3年後の介護保険制度改正・報酬改定に向かって船出しました。しかし、私はその到着点には「明るい日差しが降り注ぐ」ことを信じています。そして、その目指す結果を自らの手で掴み取ることに全力を尽くす覚悟です。
 私は、この6月、自分の人生の中で、今まで味わうことのなかったことのほどの人間の強さ、弱さ、美しさ、醜さと出会いました。そして、今、人は、いつも人と人との絆を信じ、全力を尽くすことで、おのずと道は拓かれると納得いたしました。
 これからの人生も、この道を、正々堂々と進んでいきたいと思います。
 どうぞ、皆さま、よろしくお願いいたします。
 次回研修で、皆さまと充実した楽しいひと時を過ごせることを楽しみにしております。      (平成27年6月20日)

今月の言葉 (2015年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 時は4月、清明の季節を迎えています。清明とは文字どおり、すべてのものが清らかで生き生きとする頃を指しています。若葉が萌え、生命が輝く季節の到来です。そして、まさしく私の心は、今、清明の中にあるといえます。
 この春、起こったさまざまな出来事にも、私の心は清清しく、生き生きと反応しています。
 出来事の一つは、私事ではありますが、私が理事長を務める河崎病院が創立70周年を迎えました。父河﨑茂が戦地から帰還し『地域の人が求める医療に応えたい』と蒔いた種を、夫晃が守り育て、今、長男敦が院長として新たな航海を始めています。今後は創立100年に向けて、社会医療法人慈薫会河崎病院として、さらに時代のニーズ、地域の皆さまのニーズに応えた医療に取り組んでいくことでしょう。
 私が父や2代目理事長の夫から学んだことは、医療、介護への真摯な取組みとさらには、組織運営の大切さです。組織を動かすのは人であり、しかも大小さまざまな石が積み重なってこそ堅ろうな城壁はつくられるということです。70周年を迎えた日々の中で、私は、皆で創り上げることの大切さを、再確認しています。
 もちろん、平成27年4月現在、医療・介護を取り巻く状況は大変厳しいものがあると承知しています。介護事業に焦点を絞ってみても、介護報酬引き下げの影響は、経営・運営の現場に大きな影響を及ぼしています。私が会長を務める日本認知症グループホーム協会も乗り越えるべき喫緊の課題に直面しています。
 しかし、そうした中にあっても、私が清しい気持ちでいられるのは、国と私たち医療、介護事業者との関係も、また、人と人の絆が原点になっていると信じているからです。国が国民のためを思って立てた施策であれば、その施策に血を通わせるのは私たちであると考えるからです。両者が信頼して、ともに介護・医療のあるべき形をつくり上げていくことができなければ、障害や病に苦しむ人々やそのご家族を真に支え、さらには、職員を守ることはできません。
 その意味で、信頼で結ばれた絆は何よりも尊いものです。そして、私は、そのことを、高齢者ケアを支える女性の会の皆さまとの一つひとつの出会によって、実感しています。今後は、当協会の活動は、高齢者ケアをテーマにしながらも、さらに大きな“会のバックボーンともなるべきもの”を創りつつ、人生をともに生きる仲間としてのお付き合いを深めていくことができればと思います。
 4月17日の総会と厚生労働省事務次官・村木厚子先生の特別講演の席で、皆さまにお目にかかれることを、楽しみにしております。      (平成27年4月10日)

今月の言葉 (2015年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 新春を迎え、早くも蕗の薹、花咲く候となりました。
 本年(平成26年)の干支は60年ぶりの甲午です。古来、甲午の年は、「世が激しく動く」、「人間の行動が後の世の動きに大きな影響を与える」と言われています。天保の改革(今から180年前)、日清戦争(120年前)、自由民主党の結党(60年前)、しかりといえましょう。
 激動の年に私が掲げる目標は、高齢者も女性も、自分の持てる力を活かして、自らの生き方を選べる社会を目指すことです。現在人間の平均寿命は80歳をはるかに超えています。一般に定年といわれる65歳を迎えても、その健康状態や目指す生活スタイルは人によりさまざまです。残念ながら障害や認知症で介護保険制度を活用する方々もいらっしゃれば、まだまだ社会の第一線で活躍する体力・気力をお持ちの方々もいらっしゃいます。現実に、70歳を過ぎても、80歳を過ぎても、長年培った知恵や技術を活かして仕事をしたり、社会貢献をしているケースも決して少なくありません。
 折しも、平成26年1月19日付の産経新聞の朝刊に掲載された作家の曽野綾子氏の随筆に次のような一文がありました。
 「自分の年を考えて後進にポストと高額な給与の道を譲り、自分は『ほとんど道楽か趣味で』ただ日本社会の未来のために、自分の技術と残る体力をささげるという、新しい老後の生活目標の自覚があってもよいだろう。」
 まさに、同じ思いです。
 「道楽」というと、とかく「本人の品位を損ない、他人に迷惑をかける」というニュアンスで捉えられがちですが、ここで使われている「道楽」はそれとは少し意を異にしています。私は、「その一筋の道を深く知り、追究し、楽しむ」ことこそが道楽と思っています。
 “社会から求められ、自らの経験や知恵を少しでも高齢者ケア、認知症ケアの現場に還元でき、それを自ら楽しむことができる。”私にとってはそれこそが最高の道楽といえましょう。
 私たち『高齢者ケアを支える女性の会』は、高齢者がさらには世のすべての女性がその意思が尊重され、自分らしく力を発揮できる社会を目指して、努力していこうではありませんか。

今月の言葉 (2014年12月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 朔風葉を払う季節となりました。
 早速でございますが、私は12月7日の日曜日、天皇陛下の傘寿を記念して公開された皇居を参観してきました。娘と待ち合わせの時間までの、ふっと思い立ってのことでした。
 坂下門から宮内庁舎前を経ての乾通りを、乾門へと退出する行程を歩きました。 快晴の空の下、文字どおり紅に燃え立つ紅葉、黄色を誇るイチョウが彩る錦繍に心洗われる思いがいたしました。秋深い皇居の中は、大変印象深いものでした。
 私が坂下門の列に並んで乾門を出るまで2時間の行程で思ったことは、日本人のすばらしさでした。このたびの皇居参観でも坂下門には、多くの人の列ができていました。警備の担当者が参観者のボディチェックを行い、チェックのすんだ人たちは1グループずつ入門していきました。私の心に響いたのは、順番を待つ人々の、老いも若きも、乳母車の幼児まで、粛々とその時を待つ姿でした。日本人の皇室に対する敬愛の心、その真摯な姿勢に、我が民族のすばらしい一面を確認した想いがいたしました。
 先だって、ある外国人の方がテレビで、世界で失いたくないものの1つに、『日本人のまじめさ、勤勉さ』をあげていましたが、列に並んだお一人ひとりの姿に、その言葉を思い出しました。
 私にとって、平成26年は春の園遊会に始まって、この秋の皇居参観、さらには、予想もしなかった衆議院議員選挙で幕を閉じようとしています。選挙の結果は与党である自民、公明が両党合わせて325議席を獲得。衆議院議員の議席数(475席)の3分の2を上回る結果となりました。今後安倊総理はこの結果を踏まえ、年末の予算編成、さらにはオレンジプランに代わる新たな認知症戦略策定等に取り組んでいかれることと思います。
 私が願うのは、安倊首相が打ち出す諸施策が、大企業優先の景気対策に偏ることなく、病気に苦しむ人、障害を持つ人、高齢者、子どもたちといった社会的弱者の方々にとって、真に住みやすい地域、暮らしやすい日本を創造していただきたいということです。
 それでこそ、医療・介護に汗を流す私たちも、厳しい現実に負けることなく明るい未来への希望を持って、平成27年の扉を開くことができるというものです。
 では、会員の皆さま、どうぞよいお年を。

今月の言葉 (2014年11月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 朔風葉を払う季節となりました。
 早速出ございますが、11月15日、16日の両日、当会の秋の研修・施設見学会(豊橋)を山本ゆかり先生のご尽力で無事終了したことをご報告します。
 初日、ホテルアソシア豊橋で行われた研修では、福祉村病院院長の小橋修先生が「高齢者と感染症」についてご講演くださいました。私たちが日頃課題としている高齢者の感染症について、専門的な内容を大変分かりやすく講義いただきました。2題目の講演は、福祉村病院の統括部長である山本左近先生の「F1から見た日本と世界」でした。 その内容は若いエネルギーと見識に富んでいました。世界観に立った医療・介護さらには組織運営の取組みが今後どんな形で実るのか、ガンバレ!ガンバレ!とエールをお送りいたします。
 2日目の施設見学では、ホテルから福祉村までの道筋、さわらび会の礎となった山本病院、今を見据えた特養カサブランカ、シャートーローズ八町に至るまでのさわらび会の歩みを確認させていただきました。
 福祉村に到着して驚いたのは、その広大な土地に建つ、病院、授産所、老健をはじめとする高齢者施設、さらには障害者支援施設等の全容でした。理事長の山本孝之先生のお話をうかがい、福祉村のすばらしさを再確認いたしました。
 今から50年も前に高い志で現在のさわらび会の礎を築かれ、「みんなの力でみんなの幸せを」という理念に基づいた医療・介護・福祉に取り組まれた山本孝之理事長とゆかり先生ご夫妻の先見性を、心からの尊敬申し上げます。
 しかし、実際に施設見学をして、さわらび会のハード面に劣らぬ卓越したソフト面の取組みに数々出会うことができました。すばらしい施設には、それに相応しい魂が宿ることを確認させていただいた今回の研修に感謝しています。
 特に、私が深く感じ入ったのは、左近先生とご両親様の関係です。獅子は可愛い子を谷に落とすといいますが、6歳の頃より左近先生の意思を尊重されて、世界に送り出し、 レーサーという医療・介護とは全く違う分野での活躍を見守られたご両親様。特にお母様のゆかり先生の愛情の深さには、同じ母親として、心打たれるものがありました。
 折しも、11月5日、6日の両日G8認知症サミットの後継イベントが、東京港区・六本木アカデミーヒルズで開かれました。席上安倍晋太郎総理大臣が、国家戦略として、オレンジプランに代わる新たな認知症戦略の策定を宣言しました。安倍総理の宣言には、「医療・介護の専門職がチームとなって認知症の方が安心して暮らせる社会の実現に全力を尽くす」という強いメセージを感じることができました。
 私は高らかに宣言する総理の姿を目の当たりにして、「私たちの待ちに待った時が来た」との想いを強くいたしました。私たち高齢者ケア支える女性の会は、この時を逃さず、しっかりととらまえて、日々の取組みをさらに前に一歩進めてまいりましょう。

今月の言葉 (2014年10月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 初夏から盛夏を経て秋が深まりいく今、「これほど考えることが多かった数カ月はなかった」としみじみと思います。
 考えることが多かった出来事の1つが、9月26日、27日に熊本で開かれた第五回日本認知症グループホーム大会です。大会では、特に女性の老・壮年の気力・叡智と若者のエネルギーがあいまって生み出す力を実感しました。老年・壮年・青年の持てる力を結束してこそ、世の中の礎を創り上げることができるのだとつくづく思いました。
 出来事の2つ目が、9月29日に開催された第109回の社会保障審議会 介護給付費分科会で、陳述人としてヒアリングを受けたことです。日本認知症グループホーム協会の会長としてのヒアリングでした。
 皆さまご承知のように、同分科会は介護報酬に関わる事項を審議する厚労省の会議です。厚労省からは老健局の三浦公嗣局長をはじめ各課長・室長が出席し、委員は国都道府県、市町村の代表や日本医師会・日本看護協会・日本介護福祉士会といった職能団体、全老健・老祉協・日慢協といった事業団体、認知症の人と家族の会や全国老人クラブ連合会といった利用者団体、さらには学識経験者で構成されています。残念ながら、日本認知症グループホーム協会は分科会での席を得ていません。ヒアリングはそうした審議会に席を持たない事業団体の意見を忌憚なく伝えて、介護報酬改定の審議に活かしていただくためのものです。
 そして私は、この日、7人の陳述人の一人として、出席しました。3時間で7事業団から1団体10分のヒアリングを行い、その後、委員との質疑応答となるわけです。
 ヒアリングに当たっては、私は準備期間を設け、1カ月に2回ペースで開かれる介護給付費分科会を傍聴しました。実際に分科会を傍聴して、臨場感を味わうことができました。また、委員の意見の交換を目の当たりにして、当日陳述人としてのあるべき姿勢を学びました。短い時間で言うべきことを端的に発言する。真に発信することの意味を改めて考えました。
 「井の中の蛙大海を知らず」とはよく話の例に引かれますが、今回私は〝大きな世界を見ること、知ることの大切さ”を、身をもって感じました。そして〝幾つになっても勉強、日々成長していかなくてはならない゛とも実感しました。さらに、〝苦労はどこにいてもある。同じ苦労をするなら、恐れず怖じず、大きな苦労をすることだ。そして、大きな苦労を楽しみに変えるべく、前向きに取り組んで行こう″とも思いました。
 今回のヒアリングは、日本認知症グループホーム協会という事業団体の代表としての陳述でした。しかし、介護保険制度改正・介護報酬改定については、各事業、各サービスの枠を超えて、ともに考えるべきこと、改善すべきこと、国に提言すべきことがあるはずです。私たち高齢者ケアを考える女性の会も、老年・壮年・青年それぞれが日々の介護の現場に立って、その議論を始めていきたいと考えています。

今月の言葉 (2014年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 空を流れる雲の様子が気になる天候が続いていますが、皆さまお住まいの地域には、お変わりありませんでしょうか。 
 私はあわただし日々の中にありますが、8月のご報告をいたしたいと思います。

 「おはようございます」、「ありがとう」、「ごめんなさい」。この3つの言葉がいつでも心から言える人でありたい。平成26年8月20日、大阪河﨑リハビリテーション大学講堂でご講演いただいた大阪大学の吉川秀樹教授のお話をきいて、私はこのように思うようになりました。
 吉川先生のご講演は大変心に残るものでした。講演の締めくくりは、「おはよう」、「ありがとう」、「ごめんなさい」、すなわち、「挨拶」、「感謝」、「謙虚」の言葉を持てば、明日からの人生は変わるということでした。
 吉川先生は、本年の3月まで大阪大学附属病院の院長でした。現在は大阪大学医学部整形外科の教授として、研究、教育、診療そして講演と大変ご活躍をなさっています。「いろいろなところで講演をしますが、『先生は医師ですか、宗教家ですか』と言われます」と吉川先生が笑顔で話されると、講演会場にも明るい笑いが広がりました。
 吉川先生は、目に見えるものの不確かさについて実例を挙げて示され、「大切なものは見えない」と説かれました。そして、目に見えない最も大切なものが命であると話されました。
 ご講演では、いろいろなエピソードが紹介されました。
 その中で、医師である前に人間でありたいという吉川先生のお考えが強く伝わってきました。なぜ吉川先生がそうお考えになるようになったか。まだ医師になりたての20代の頃の、一人の小さな患者さんとの出会いによるものでした。骨肉腫で左足を失い、放射線治療で頭を坊主にした9歳の少年でした。少年は主治医である吉川先生に、「左足がなくとも、坊主でも、僕はちっとも恥ずかしくないよ。病気を克服するために頑張っているんだから」と言ったそうです。
 その言葉に、インターンを終えたばかりの吉川先生は心打たれたのでした。そして少年との出会いが、吉川先生が以後『心の問題』について研究していく原点になっているとお話しになりました。
 先生は、また、自身がお考えになる「幸福論」を、ご自分が実際に経験した出来事を例に、ご説明になりました。
 高速道路を30キロオーバーで運転していて、パトカーに止められた時のことです。その時先生は、パトカーの警官に「私を見つけていただいて、ありがとう。このまま運転をしていたら、事故を起こして命を失いかねませんでした」とお礼を言ったそうです。
 先生は『使う言葉をプラスに変えること』についてもお話しになりました。
 例えば、「この薬を使っても90%の確率で死にます」と説明するか、「この薬を使うと10%の確率で助かります」と言うか。使う言葉をプラスに変えることが大切ということです。
 先生のご講演をうかがって、「ものは考えようで幸せになるのだな。最悪の事態に陥っても、腐らずに、“明日がある。大丈夫。一番悪い時を通り過ぎれば次は上向くだけ”と前向きに考えることが大切」と思いました。実際に、あまり額にしわを寄せずに、何が起ころうとすべて受け入れて、いい方向に、いい方向に、前向きに考えていこうとすれば、少しは肩の荷も軽くなるような気がします。
 これも、日本を代表する整形外科医である吉川先生がお話しになるからこそ、いっそう説得力が増すものと思います。右手にメス、左手に心を持った医師は、最強の医師といえるのではないでしょうか。

 秋の晴れた空の下、グループホーム大会や全老健大会で、皆さまとお目にかかれることを楽しみにしております。

今月の言葉 (2014年5月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 初夏を迎えた6月1日、高齢者ケアを支える女性の会は、平成26年度第1回総会を東京・介護老人保健施設マイウエイ四谷で開催いたしました。安藤高朗先生や職員の皆様のお心遣いに深く感謝いたします。また、当日は来賓としてお招きした土屋品子厚生労働副大臣にご講演いただき、充実したひと時を過ごすことができました。
 土屋厚労副大臣は黒髪をきりっと一つに束ね、白い大きなバックを手に薄紫のパンツスーツ姿で、颯爽と会場にお見えになりました。見るからにキャリアウーマンというその姿は、高感度100%でした。同じ女性として、また同窓生として、とても誇らしく思いました。
 副大臣として、分刻みで日々のお仕事に取り組み、そして昨年12 月の英国で開催された認知症サミットへのご出席、さらには「働く女性の環境問題」等等、厚生行政だけなく労働行政の領域まで広くご活躍の副大臣です。朝7時からの勉強会、答弁の準備、レクチャー、知力と体力を発揮して取り組むお仕事は、内容的にも量的にもまさに重労働と拝察されます。しかし、ご講演でのお話をうかがって、土屋副大臣はそうした厳しい状況をはねのけて、夢と希望を持って国政に取り組まれていることが、私には強く感じられました。
 ご講演をいただいた後、別室で私たちが現在抱えている大きな問題である「介護職員の不足」、「サ高住問題」などを訴え、さらには、常に我々事業者と国とは、信頼関係の上で成り立っていることを聞いていただきました。
 土屋副大臣は、最初は国政選挙に出ることを家族全員に反対され、それでもなお、ご自分の意思を通されました。「その原動力は?」とお聞きすると、その答は、副大臣が若い時に、お父様(土屋義彦先生・元参議院議長、埼玉県知事)に同行して訪問した国々で、活躍する女性と出会ったことでした。
 「サッチャー元英国首相、インドのガンジー首相をはじめ、その時代に活躍していた世界の女性に出会い、その家庭を訪問しその魅力に触れいろいろ感じ考えたことが今の自分の原点である」とのお話に、「なるほどなあ」と納得しました。と同時に、父親の娘に対する大きな愛情と期待を感じたのです。
 「ガンバレ、土屋品子副大臣。その先のいまだ誰も座ったことのない“女性の首相”を目指して!!」
 別れ際に、「きょうの素敵なスーツはどちらで?」とお聞きすると、にっこりと、「これは男物の生地で仕立てたの」とのお返事がありました。これで2度納得です。有意義な楽しい一日でした。
 次回、高齢者ケアを支える女性の会では、さらに多くの会員の皆さまと、充実した時を過ごすことを期待しています。

今月の言葉 (2014年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 4月11日、新幹線の車窓から見る関ヶ原のソメイヨシノは満開で、山肌を桜色に染めていました。多い時には週3回東京に出張する私にとって、関ヶ原は不思議な空間です。
 そこは山が深くもなく、さりとて平地が広がりすぎもせず、山里に包まれた盆地です。
 人馬で戦を決するには、まさに絶好の地であっただろうと推測されます。1600年の天下分け目の戦が彷彿としてきます。それは、その後260年に及ぶ徳川幕府の覇権を決定付けた戦いでした。“わずか”とも、“はるか”ともいえる400年前の出来事です。
そして、2016年の今、私を乗せた新幹線は時速200キロのスピードでその地を疾走するのです。私は、車中でコーヒーを飲みながら、「関ヶ原を通り過ぎる私を巡る今の現実」と「刀を切り結んで命のやり取りをした先人たちの戦い」の間にあるギャップに、時の流れ言ってみれば歴史の重みを感じずにはいられません。
 そして、さらに思いを馳せるのは、今後100年を経た関ヶ原を取り巻く環境はいかなる変化を遂げているかということです。幾代か後の我が子孫たちは、どのような思いを持ってこの関ヶ原を訪れ、あるいは通り過ぎるのか。人々はどのような文化の中でいかなる暮らしを営んでいるのか。再び、天下分け目の時がきているのか。等々、思いは尽きません。
 ところで、最近私は医療界で活躍するある大学教授にお会いして、「目に見えないものの大切さ」について、心に残る言葉をうかがいました。
「人間はいつも目にうつるものだけを追い求め、それを手にすることが幸せだと思うところがある。しかし、それだけでないように思う。目に見えぬものこそが人間にとっては大切だ」
 日頃患者の患部を直視し、最先端の医療技術に支えられてメスを振るう教授の言葉であるからこそ、心に響きました。「最先端の技術」と「患者の心に寄り添う」という、一見対極にあるように見える二つの行為があいまって、人間の命を守っているのです。
「目に見えないものこそ大切」という教授の言葉は、私に父の言葉「地獄、極楽は自分の心の中にある」という一節を思い起こさせます。私はこれまで変事に当たっては父のこの言葉を反芻してきました。たとえ苦境に立っても、心の持ち方でそれをプラス思考に変えれば、目指す仕事を成し遂げることができると信じます。そしてそれこそが、人が人たる所以なのではないでしょうか。
そうした視点に立って「医療と介護の連携」を考えると、深遠なる介護の可能性が見えてくる気がします。
関ヶ原の4月の桜を眺めながら、さまざまな思いが浮かんでくるのでした。

今月の言葉 (2014年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 私は、去る2月20日、グループホームの経営者・管理者研修の講師を務めるため、東京から新潟県長岡市に向かいました。雨水の候とはいえ、上越新幹線の車窓から見る景色は、川端康成の「雪国」の冒頭を彷彿とさせるものでした。雨水とは降る雪が雨に変わり氷が解け出す季節です。関東を大雪が襲って早1週間、東京はいつものたたずまいを取り戻しています。それがわずか2時間あまりで、こんなにも自然の姿が変わることに驚きました。
 地元の方々にお聞きすると、これでも今年は例年になく雪が少ないとのこと。皆さま、農作物に与える影響を心配されていました。天候が農作物や自然の恵みに与える影響は大きく、例えば、雪が少ない年は山菜の味は薄く、野菜もおいしくないそうです。研修の合間に交わした長岡の皆さまのお話から、地域の中で大自然の懐に抱かれつつ暮らすお年寄りの生活に想いを馳せずにはいられませんでした。
 折しも、2月26日厚生労働省で開かれた全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議では、本年2014年度は地域包括ケアの構築に向けて国が本腰を入れることが改めて強調されました。今後法案の成立の動きにつれて、国の具体的施策が順次明らかになることでしょう。その直接窓口になるのは各市町村です。市町村が打ち出す支援事業の内容をいかに、迅速的確に把握するか。今後の利用者本位の介護事業の運営には大きな課題です。
 私たち『高齢者ケアを支える女性の会』でも、今まで以上に密に情報を交換し、必要とあれば、地域の市町村への質問や提言等の具体的な働きかけをしていこうではありませんか。ここ数十年の文明の進化は想像以上の速さで進んでいます。生活面で効率的かつ便利になっている今だからこそ、各地の自然や情緒を大切にする心のゆとりを持って暮らせる地域社会をつくっていきたいと思います。

今月の言葉 (2014年1月)

高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 新春を迎え、早くも蕗の薹、花咲く候となりました。
 本年(平成26年)の干支は60年ぶりの甲午です。古来、甲午の年は、「世が激しく動く」、「人間の行動が後の世の動きに大きな影響を与える」と言われています。天保の改革(今から180年前)、日清戦争(120年前)、自由民主党の結党(60年前)、しかりといえましょう。
 激動の年に私が掲げる目標は、高齢者も女性も、自分の持てる力を活かして、自らの生き方を選べる社会を目指すことです。現在人間の平均寿命は80歳をはるかに超えています。一般に定年といわれる65歳を迎えても、その健康状態や目指す生活スタイルは人によりさまざまです。残念ながら障害や認知症で介護保険制度を活用する方々もいらっしゃれば、まだまだ社会の第一線で活躍する体力・気力をお持ちの方々もいらっしゃいます。現実に、70歳を過ぎても、80歳を過ぎても、長年培った知恵や技術を活かして仕事をしたり、社会貢献をしているケースも決して少なくありません。
 折しも、平成26年1月19日付の産経新聞の朝刊に掲載された作家の曽野綾子氏の随筆に次のような一文がありました。
 「自分の年を考えて後進にポストと高額な給与の道を譲り、自分は『ほとんど道楽か趣味で』ただ日本社会の未来のために、自分の技術と残る体力をささげるという、新しい老後の生活目標の自覚があってもよいだろう。」
 まさに、同じ思いです。
 「道楽」というと、とかく「本人の品位を損ない、他人に迷惑をかける」というニュアンスで捉えられがちですが、ここで使われている「道楽」はそれとは少し意を異にしています。私は、「その一筋の道を深く知り、追究し、楽しむ」ことこそが道楽と思っています。
 “社会から求められ、自らの経験や知恵を少しでも高齢者ケア、認知症ケアの現場に還元でき、それを自ら楽しむことができる。”私にとってはそれこそが最高の道楽といえましょう。
 私たち『高齢者ケアを支える女性の会』は、高齢者がさらには世のすべての女性がその意思が尊重され、自分らしく力を発揮できる社会を目指して、努力していこうではありませんか。

今月の言葉 (2013年12月)

高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 年の瀬も押し迫り、皆さま平成25年の締めくくりや新たな年の準備にお忙しい毎日と存じます。
 ところで、11月22日の原勝則老健局長を囲んでのご講演、引き続いての意見交換会はいかがでしたでしょうか。
 その後、原老健局長からは、「介護現場で頑張る女性の事業者・管理者の生の声を聴くことができてよかった」との感想をいただいております。私からは、「お忙しい中、我々のためお時間をおつくりいただき、会員一同、大変感謝いたしております」とお伝えしました。
 さて、来春3月には、平成25年度を締めくくる理事会を開催予定です。現在理事会後の研修会の内容を検討しているところですが、詳細が決まり次第ご連絡いたします。桜の花の下、皆様とお会いすることを楽しみにいたしております。
 最後になりましたが、本年は東京に始まり、岡山、高知、北海道の皆さまにお世話役として、平成25年の活動を力強く支えていただきました。心から御礼を申し上げます。活動の一つひとつの積み重ねが、会員相互の理解を深め、『明日のよりよい高齢者ケアの実現』に繋がっていくと信じています。
 平成26年を前に、新しい年が我々にとってさらに意義ある一年になるよう、祈念しております。

今月の言葉 (2013年11月)

高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 立冬を迎えて平成25年の秋を振り返りますと、「数々の学びの場、多くの方々との出会いの場に恵まれた」と、改めて思います。9月には本会の北海道研修旅行や全国老人保健施設大会石川in金沢、10月には岩手県の盛岡市で日本認知症グループホーム大会が開催されました。そこでは、数々の学びとたくさんの方々との出会いがありました。
 特に、北海道の羅臼・釧路研修旅行では、走上好秋先生、佐藤京子先生、中平田鶴子先生、そして、職員の方々に、大変お世話になりました。あの時訪れた山も峠も、川も、今は白い雪が積もり、冬の景色を見せていることでしょう。
 総勢19人で訪ねた羅臼町の走上先生のグループホームや小規模多機能等“北海道ならではのお取組み”の中には、学ぶべき多くのことがありました。野生の丹頂鶴やシマフクロウ等、北海道の大地での大いなる出会いもありました。さらには、北海道の皆様の心温まるおもてなしの心とおいしい食事に、大感激。
 研修2日目、羅臼町の山の頂から北方四島を目の当たりにした時には、言葉では表すことのできない想いがこみ上げてきました。四島は、あたかも手を伸ばせば届く距離に、厳然と存在していました。日本が抱える厳しい現実を突きつけられたようでした。過去があっての現在を想い、新たな未来へと希望を紡ぐことの大切さを思いました。
 最終日には、釧路空港を包み込んだ霧の深さにあわてました。しかし、この時も、北海道の皆様の的確な判断、迅速な決断で、陸路、車を飛ばして千歳空港へ。参加者全員が無事に帰宅することができました。職員の皆様と先生方に感謝いたしております。
 いま一つ、高齢者ケアを支える女性の会の皆様にご報告があります。私が、10月31日、全国老人保健施設協会の理事として、秋の園遊会に招かれた時のことです。私の名札をご覧になった天皇、皇后両陛下が足をお止めになりました。私が「高齢者ケアと認知症ケアに日々取り組んでおります」と申し上げると、皇后様から「それは大変なお仕事をなさっていらっしゃるのね。どうぞがんばってくださいね」というお言葉をいただきました。このお言葉は、高齢者ケア・認知症ケアに携わる私どもすべてに向けて送られたものと思います
 秋晴れの下、赤坂御苑の清明な空気の中、「この仕事を選んでよかった。高齢者ケアにかける想いを同じくする方々とともに、生涯この道を歩んでいきたい」との決意を、私は改めて胸に刻みました。

今月の言葉 (2013年9月)

高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 草露白く、涼風深まる候、会員の皆様はご活躍の毎日をお過ごしのことと思います。
 本日早朝目を覚ますと、「2020年オリンピック・パラリンピック東京開催」のニュースが飛び込んできました。昭和39年以来65年ぶりの東京開催に、日本中が喜びに湧いているようです。閉塞感で覆われた我が国の現状にあって、数少ない明るいニュースといえましょう。一部に劣勢が伝えられた状況を覆したのはオリンピック招致に向けて取り組んできた方々のチームワークの賜物でしょう。大きなエネルギーを感じました。
 しかし、「オリンピック・パラリンピック東京開催」を真に明るいニュースにするためには、乗り越えるべき課題があるのも確かなことです。
 福島第一原発事故による汚染水についての安全性は果たして本当に確保されているのか。一国の総理大臣が世界の公の場で宣言した以上は、きちんと言行一致の結果を出さねばなりません。オリンピックが単なる「一時的景気浮揚」の手段に終わることなく、東日本大震災、福島第一原発の事故に苦しむ皆さんがともに心からの笑顔で東京オリンピックを迎えられるよう、政府はもちろん全国民の総力を挙げて取り組んでいかなくてはなりません。その意味で東京オリンピックへの道程は、今、緒についたばかりです。
 翻って介護・医療に目を転じると、「サービス付高齢者住宅等への医師紹介料」、「増え続ける認知症」、「消費税の問題」等、国を挙げて取り組むべき課題が山積しています。国の強いリーダシップと私たち高齢者ケアに携わる現場の日々の堅実な歩みが相俟ってこそ、国家の大計は成し遂げられます。
 当会では8月の高知研修会も無事に終わり、9月23日には北海道研修、11月22日には「厚労省老健局の原局長を囲む会」と、皆さまのご協力で順調な動きをしています。今後は、あるべき高齢者ケアの追究とその実現のため、さらなるエネルギーを蓄えていこうではありませんか。

今月の言葉 (2013年8月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 盛夏の候、会員の皆様はご活躍の毎日をお過ごしのことと思います。
 本年6月14日、本会会員の皆さまのご推薦を後押しに、公益社団法人日本認知症グループホームの代表理事に就任いたしました。会員の皆さんの応援、ご助言に心から御礼申し上げます。今後は、公約に掲げた、現場の声をしっかり聴き取り、真摯に高齢者ケアに取り組む全国の事業者、働く職員の思いに応える制度づくりを、国に提案していきます。
 代表理事就任から1カ月半、めまぐるしい毎日の中で感じるのは、我が国が「停滞から躍動へ」大きな転換を求められる中で、あるべき高齢者ケアの形を守もろうとする女性たちの大きなエネルギーが存在するということです。
 7月24日から26日まで、石川県金沢市で開催された「第24回全国介護老人保健施設大会」でも、厚労省老健局の原勝則局長とお話しする機会を得て、高齢者ケアを支える女性の会の活動をご報告しました。原局長からは、『介護サービスを提供する事業者側からの女性の会の活動は大変意義あることだ。ぜひ、がんばってほしい』という激励のお言葉をいただきました。本会会員には、今後の大きな励みになる言葉と考えます。
 さて、本会の8月の研修会が間近に迫ってきました。山本恵子理事がご用意くださった研修テーマは、「災害時事業計画(BCP)策定方法」と「認知症ひもときネットとSOAP」です。研修前夜の“高知花火”の下では、近況を語り合い、また、明日への活力を養いましょう。
 なお、10月4日、5日には、岩手県盛岡市で第四回日本認知症グループホーム大会が開催されます。高齢者ケアに思いを馳せる仲間との、さらに広く、深い出会いの場と捉え、どうぞ皆様ご出席ください。

今月の言葉 (2013年5月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 立夏の兆しがあちこちに感じられる季節となりました。北では桜をはじめとした花々が一斉に咲き誇り、南ではすでに夏日を迎えたところがあるように、全国の会員の皆様もそれぞれの5月をお過ごしのことと思います。
 2013年が始まって2カ月、国民生活の現状に目をやれば、「停滞から躍動へ」大きな転換を求められています。おりしも、国は成長戦略として、「若者の能力向上」、「女性の社会進出と子育て支援」、「医療関連産業の育成」の3つの柱を打ち出しました。いずれも、長年にわたり医療・介護・教育等の分野に力を注ぎ、女性としてのいくつかの分岐点で選択を迫られてきた当会会員の皆様にとっては、かかわりの深い項目です。国が改めて「女性力」を認め、適切な医療関連産業の育成に取り込もうとしていることは、歓迎すべきことと考えます。
 ところで、私は、会員の皆様の支援を得て、6月14日の公益財団法人日本認知症グループホーム協会の代表選挙に立候補し、現在全国を回っています。感慨を新たにしたのは、各市町村、都道府県によってグループホームを取り巻く状況は千差万別であっても、どのグループホームも、与えられた環境の中で、創意工夫と努力によって、認知症の方々に寄り添いながら、ご家族や地域の拠り所となるよう努力されていることです。介護の現場に直接立ち、生の声をうかがえたことは、確かな手応えとして、私の中に残りました。
 さらに広く介護保険全体に目を転じれば、介護は、肉体的にも精神的にも負担がかかる仕事ですが、その反面、人と人が心を通わせ、お互いを信頼し、愛情に支えられながら地域の要請に応えているという現実があります。また、誇りを持ちつつ、日々汗を流しながら全力で仕事に打ち込む多くの職員の方々からは、大きなエネルギーをいただくとともに、強い連帯感を覚えました。
 今私は、自分の歩んできた道にやはり誤りはなかったと確信できることを幸せに思っています。しかし、あるべき介護の形を追究し、地域の人々の求めるサービスを提供し、そこに働く人々が夢を持てる環境づくりを実現していくためには、まだ多くの課題が山積しています。今後は、広く医療・介護関連団体とも連携を取りつつ、問題解決に取り組んでいく必要があると考えます。
 会員の皆様のお一人ひとりの力強い歩みとともに、前へ!と進んでまいりたいと思います。
 5月26日、東京・介護老人保健施設デンマークインで開催する理事会・総会の席で、いろいろなお話やご意見をうかがえることを期待しています。

今月の言葉 (2013年4月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 清清しくも緊張感の中で、新しい平成25年度を迎えています。
 本会の平成24年度事業の締めくくりとして、平成25年3月24日(日)、東京・新宿区の介護老人保健施設デンマークイン新宿で、「平成24年度第6回勉強会」を無事開催することができました。勉強会のゲストは厚生労働省政策統括官の唐澤剛先生。満開の桜の下、春爛漫の東京に、北海道、東北、関東、中部、関西、近畿、四国から18人の会員が参集して、有意義なひと時を過ごしました。
 唐澤先生は、介護保険導入の三銃士のお一人とも言われ、『しゃべる介護保険制度』と称されるほど、同制度への国民の理解を求めて、あらゆる場での発言を惜しまず、強い信念を示された方です。現在、社会保障担当の政策統括官として、医療・介護を含めた国の社会保障について、横断的・総合的に企画立案・調整を行い、改革の全体像を取りまとめることに、力を注いでおられます。
 勉強会で、唐澤先生から、人口減少、高齢化の進む中、医療・介護が直面する諸問題をうかがい、改めて「介護保険なかりせば」と、背筋が寒くなる思いを抱きました。
 他方、介護保険サービスを提供する側に立てば、介護従事者の確保や医療・看護・リハビリテーションとの連携体制の構築、さらには、それに伴う職員教育の充実等々。解決するべき問題は山積しているのも事実です。
 利用者やご家族、さらには国民にとって、そして介護現場に汗を流すわれわれ仲間にとって、介護保険のあるべき姿とは何か。
 この答えを得るためには、行政が舵を取る水面を注視しつつも、担当行政官の方々と直接対話し、また、介護の現場に足を運んでいただく環境づくりが何より大切と考えています。
 「われわれ会員の一人ひとりが、介護保険制度を守りさらに育てるために、この現実を真摯に受け止め、知恵を出し合い、ともに行動することによって、ハードルを乗り越えていかなくてはならない」と、心を引き締めて、勉強会を終了しました。
 いろいろお世話をしてくださった山田多佳子先生、窪倉憲子様ありがとうございました。

今月の言葉 (2013年3月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 桜の便りを待ち望む日々となりました。
 東日本大震災から2年、まだその傷跡が深く残る平成25年2月8日、またまた悲しいニュースがもたらされました。長崎市の認知症高齢者グループホームで発生した火災です。この火災では4人のお年寄りの生命が失われました。天災と人災の違いはあっても、『人の生命は何ものにも代えがたく重い』という点で、今後の再発防止に最大限の努力を払わくなくてはいけないという決意を新たにしています。
 私がこのたびの認知症グループホーム火災発生の第一報を聞いて、最初に考えたのは、「平成22年3月に北海道で起きた認知症高齢者グループホームの火災死亡事故からの学びを、なぜ、活かせなかったのか」ということでした。対岸の火事として見過ごしてしまった部分があることは否めず、残念でたまりません。
 今回の火災を巡っては、すでに、行政や関係団体が実態把握や防止策の立案に取り組んでいますが、徹底した対応がなされない限り、同じ不幸を繰り返すことになってしまいます。
 特にスプリンクラー設置等の実態調査については、厚労省、消防庁、関係団体がそれぞれ取り組みを開始していますが、調査結果の分析とその後の対応策こそが大切と考えます。スプリンクラー未設置の具体的理由は何か。どうすれば設置が可能となるのか。
 国が必要と認めて、制度導入した認知症高齢者グループホームです。設立主体の違いや規模の大小によって抱える、やむ得ない事情で、スプリンクラー未設置があってはならないことです。
 他方、私たち高齢者ケアに関わる経営・運営者には、もう一度、入居者・入所者・利用者の方々の生命を守ることの使命の重さ・厳しさを認識することが求められます。各自施設の防災設備、体制を見直すだけでなく、開かれた介護サービス提供の基地として、地域住民との協力の下、防災対策を築いていかなくてはなりません。
 個としての歩みにとどまることなく、知恵を集め、ともに考え、行動して、現状改善に取り組んでいきましょう。

今月の言葉 (2013年2月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 厳しい寒さの中にも、かすかな春の兆しが感じられる季節となりました。私どもも、この兆しが確かなる春の手応えとなるよう、ケアの現場で頑張っています。
 平成25年1月27日には、岡山県の福嶋裕美子本会理事と施設の職員の方々のご尽力を得て、介護老人保健施設 いるかの家リハビリテーションセンターに、公立みつぎ総合病院名誉院長の山口昇先生をお迎えして、「第6回高齢者ケアを支える女性の会」を開催しました。
 山口先生は特別講演『高齢者ケアの今後の展望』の中で、『地域包括ケアシステムの必要性』、『医療と介護、福祉と生活の連携』をご自身の先駆的取り組みを通じてお話しになりました。特に、「医師は利用者自身の目線で物事を見ることが肝要である」という言葉は、医師であるからこそ千金の重みを持って、私たちの心に響きました。
 高齢者ケアを支える会も、できるところから一歩一歩の改革への取り組みが必要です。昨年、厚労省は平成24年時点の認知症高齢者数を305万人と大幅修正しました。305万人にどのような対応ができるのか。認知症ケアに関わる全ての施設・事業所が、今後介護と看護を一体として、認知症高齢者の一人ひとりの方々を見ていく姿勢が求められるものと思います。
 特に、認知症高齢者のケアのために誕生した認知症グループホームは、今後、入所者の重度化が進み、さらに看取りも求められてきます。現状の人員配置の中で、どのように介護と看護の連携を図っていけばよいのか。小規模であっても、大規模であっても、また、いかなる設立主体のグループホームであっても、可能な介護と看護の連携の形を探り、生きた施策にしていくことが喫緊の課題です。
 まずできることから、前へ!
 確かな春の手応えは、三寒四温の日々の中で可能になることを信じて、慎重かつ大胆に進んでいきたいと考えます。
 なお、当会2月の集いは3月24日(日)、東京・新宿の介護老人保健施設デンマークイン新宿で、厚労省政策統括官の唐澤剛様をお呼びして、勉強会を開く予定です。会員皆さまの参加を願っています。

今月の言葉 (2013年1月)

 高齢者ケアを支える女性の会
 代表 河﨑茂子

 謹んで新春のお慶びを申し上げます。
 平成25年がいかなる年になるのか。山積する課題に曙光が見える1年であってほしいと心から願っています。
 振り返れば、平成24年の介護報酬改定は、けっして満足できるものではありませんでした。改定の根拠が明示されていなかったからです。また、前回調査に比べると改善されたとはいえ、介護報酬改定に資する介護事業経営実態調査の調査設計、集計、分析にもまだまだ疑問が残るところです。
 医療・介護は国の根幹をなすものです。制度改正・報酬改定に当たっては現場の意見を公平に聴き取ると同時に、適切なデータにもとづいた公正な対応が求められます。そのためには、高齢者ケアを支える一人ひとりが声を上げていかなければなりません。それこそが高齢者ケアを支える女性の会の大きな使命と考えます。
 そうした視点に立ち、高齢者ケアを支える女性の会は昨年11月30日には、有本雅子先生の介護老人保健施設ハーベスピアで施設見学と勉強会を行いました。ハーベスピアの園芸療法、音楽療法を見学。勉強会ではハーベスピアの太田耕治施設長から「老健の医療の現状」をお話しいただき、続いて西神中央あんしんすこやかセンターのセンター長と各担当者から地域包括ケア支援センターの現状報告がありました。会員からの質問や意見も活発で、各地域、各施設で異なる事情や課題があることを学ぶ場となりました。
 その後は席を有馬に移し、意見交換会となりました。意見交換会では女性経営者ならではの提案やアイデアが次々に披露され、場が盛り上がり、懇親を深めることができました。
 平成25年の当会最初の集いは1月26日(土)、27日(日)に岡山の福嶋裕美子先生の施設を見学し、勉強会を開催いたします。勉強会では全国老人保健施設協会名誉会長の山口昇先生からご講演をいただき、その後山口先生を囲んで、茶話会を開く予定です。
 高齢者ケアを支える女性の会の新しい年の目標は、私たちが今為すべきことは何か、現場の情報を交換し、知恵を出し合い、意見を深めて話し合い、その声を国やケアを必要とする方々、さらには日々のケアを支える皆様に届けることです。多くの方々にご参加いただき、この輪を全国に広く、深く浸透させていきたいと考えます。

高齢者ケアを支える女性の会にご入会ご希望の方は以下のメールまたはお電話で事務局までお問い合せ下さい。


〒597-0104 
大阪府貝塚市水間244 
社会医療法人慈薫会河崎病院内
「高齢者ケアを支える女性の会」
TEL.072-446-1105 
担当/高田
メール/

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